浅⾒直樹日経BP常務取締役
浅⾒直樹日経BP常務取締役

 2019年5月15日(水)、東京・品川のザ・グランドホールにて「会員組織を活性化し、売り上げを創出する『顧客“縁”ゲージメント』セミナー」が日経BP総研主催で開催されました。
 浅⾒直樹日経BP常務取締役の主催者あいさつを皮切りに、第1部はパネルディスカッション形式、第2部は対談形式という2部構成で、顧客とのコミュニケーション施策で良好な関係を築いている5社の事例が紹介されました。

第1部:パネルディスカッション
利益よりも信頼を得ようとする施策が
ファン心理をくすぐり、エンゲージメント(絆)を深める

 第1部のパネルディスカッションは、3社のパネリストが登場。キリンビールからはマーケティング本部マーケティング部商品開発研究所の松井香菜氏、ゴルフダイジェスト・オンライン(以下、GDO)からは執⾏役員CMO/CIOの志賀智之氏、日立ソリューションズからはセールス・プロモーション部⻑の藤井千絵氏が登壇され、モデレーターを務める品田英雄日経BP総研上席研究員の進行で、各社の具体的な施策が紹介されました。

左から品田英雄日経BP総研上席研究員。キリンビール松井香菜氏、ゴルフダイジェスト・オンライン志賀智之氏、日立ソリューションズ藤井千絵氏
左から品田英雄日経BP総研上席研究員。キリンビール松井香菜氏、ゴルフダイジェスト・オンライン志賀智之氏、日立ソリューションズ藤井千絵氏

キリンビール
話題のサブスクモデル「ホームタップ」の会員顧客囲い込み戦略

 キリンビールの新たな試みとして、2017年から提供を開始した「Home Tap(ホームタップ)」は、近年ビジネスモデルとして注目を集めているサブスクリプション(定額契約)型の月額会員制サービスです。会員として登録すると、ご自宅に新鮮な生ビールのおいしさが月に2回届けられます。レンタル提供されるオリジナルの専用サーバーにセットすることで、お客様自身でこだわりのビールを注いで愉しめる仕組みです。定番の一番搾りプレミアムの他、季節限定のビールも選べます。

 サービスが誕生した背景には、「工場直送でお客様のもとに届けて、できたての新鮮なビールを楽しんでいただきたい」というビールメーカーとしての悲願があったといいます。流通環境が進化したことから、悲願成就に向けてようやく動き出したものの、運用は手探りの試行錯誤が続いたといいます。サービス開始まもなく、お客様から「ガスがなくなるのが早い」「うまく注げない」という声があがり、原因を調べてみると、ビールを注ぐノズルをつなぐキャップ(ビアラインキャップ)の締め具合により、わずかに隙間が生じるという構造上の問題点が見つかったのです。

 「ありがたいことにホームタップは多くの方に期待を寄せていただきましたが、100%の満足を提供できない状態でサービスを継続することはできませんでした。スタートして間もない時期で苦渋の決断ではありましたが、新規会員募集をいったん休止して、サーバーの改良に踏み切りました」(松井氏)。

キリンビールマーケティング本部マーケティング部商品開発研究所の松井香菜氏
キリンビールマーケティング本部マーケティング部商品開発研究所の松井香菜氏

 その決断を後押ししたのは、顧客満足度の高さだったといいます。定期的に行っていた顧客アンケートの結果で、サーバーに多少の不満はあっても、会員の80%以上から「味には満足」という回答が得られていました。その声を支えとして改善に取り組めたとのこと。

 休止から1年超を経た2019年4月、満を持してサービスを再開すると、休止前に約1500人だった会員は、瞬く間に約3500人まで増加。段階的に会員数の上限を見計らいながら、2019年内には1万人への到達を見込んでいます。サービス開始当初から用意されているホームタップ専用のコールセンターや会員サイトを通じて、顧客からの率直な声を積極的に受け止めて、これからもサービス改善につなげていくことが力強く語られました。

ゴルフダイジェスト・オンライン
大手ECサイトに打ち勝つ顧客ファン化戦略

 創業19年のGDOは、ゴルフ場のオンライン予約、ゴルフ用品の販売、ゴルフに関する情報メディアと、ゴルファー向けに特化した情報やサービスを提供。ゴルファーからの人気を集めています。サービスの年間利用者数は約200万人に上り、石川遼選手もアマチュア時代に愛用していたというゴルフスコア管理アプリの効果で新規会員も順調に増加し、のべ会員数は近く400万人を超える見込みです。

 2017年度からは、“ヤード(ポイント)”を貯めることで会員グレードが上がる新会員制度「GDOヤードプログラム」を導入。ゴルフ場予約とゴルフショップで独自の利用特典を設けていた状態を一本化。さまざまな特典を横断的に獲得できるようにして、サービスの連携を強化しています。

ゴルフダイジェスト・オンライン執⾏役員CMO/CIOの志賀智之氏
ゴルフダイジェスト・オンライン執⾏役員CMO/CIOの志賀智之氏

 さらに、自社の思いを伝えやすいオウンドメディアを活用。ゴルフ場でのキャンプ体験や雪原でラウンドプレーするスノーゴルフ、「宮古島ロックフェスティバル」に協賛してのビーチゴルフなど、従来のサービスを超越するようなゴルフの新しい楽しみ方を提案。「ゴルフはおじさんのスポーツ」というイメージを再構築しようと働きかけています。

 「ゴルフを媒介に、誰かと誰か、誰かと何かをつないでいくことが、我が社のミッションです。効率や採算、利益率などは度外視した、儲からない変なことばっかりやっていますが、それがGDOらしさだと自負しています」(志賀氏)

 商品やサービス訴求といった“商売色”を打ち出すよりも、「純粋にゴルフを楽しみたい」という、ゴルファーの気持ちに寄り添うことを心がけたサービス運営を展開。お客様との個人的な関係性を重視して、“熱量”の高いファンを獲得しているとのことです。

日立ソリューションズ
BtoBオウンドメディアで顧客との関係を強固に

 日立ソリューションズは、ビジネス顧客会員向けの「プレミアムサービス」を無償で展開。仕事のヒントになりそうな情報の提供と、得意客セミナーやファン向けのイベントなどを開催しています。現在の会員数は約1万人。ビジネスで付き合いがあった企業の担当者に、担当営業がチラシを持参して入会を勧めていることが多いといいます。

 「プレミアムサービスは、お客様との関係を維持し続けることで存在を身近に感じてもらうと同時に、営業支援ツールとしての役割も担っています。セミナーやニュースリリースなどの案内を代行し、お客様がセミナーに申し込まれた場合は、自動的に担当営業者に連絡が届くので、会場でごあいさつする機会を創出することもできます」(藤井氏)

藤井千絵日立ソリューションズはセールス・プロモーション部⻑
藤井千絵日立ソリューションズはセールス・プロモーション部⻑

 会員専用サイト「プレミアムサービスウェブ」は、特別な分野でキラリと光る熱量のある仕事人の紹介、会員層が興味を持ちやすい歴史やゴルフなどの読み物コンテンツを中心に構成。グレードの高い会員には、各界の第一線で活躍するゲストからの提言など、ウェブよりもハイランクな情報を掲載した会員誌「プロワイズ」を年4回定期的に発行しています。これらのメディア制作に当たって心がけているのは、自社の宣伝をできるだけ減らして、顧客側の視点に立った良質なコンテンツの提供に徹することだといいます。

 デジタル化が進むなか、紙媒体の広報誌がプレゼンス(存在感の提示)にどれほど役立っているのか、数値化することは困難です。「プロワイズ」の発行は必要なのかという声もある中、日本BtoB広告賞のPR誌の部門で、2017年度から3年連続で銀賞を受賞。さらに応募企業約290社の中から1社を選定する「第40回記念賞」も受賞し、クオリティーの高さを示しました。

 企業同士の良好な関係を築くには、互いの信頼は欠かせません。「信頼の気持ちを応援に変えていきたい。そのためには、プレミアムサービスで提供するコンテンツのクオリティーを高め続けていくことが重要」と藤井さんは語ります。金銭的な負担をしなくても、クオリティーの高いサービスを享受できる特別感を感じてもらうことが、顧客からの好感度を上げる一助に通じるからです。

 3社の取り組みに共通しているのは、損得勘定を見せずに、顧客目線でサービスを運用していること。「一人ひとりとの関係性を大切に維持したい」という姿勢を見せることで、顧客は心地良い特別感が得られます。好感を持ってファンになっていく。それが「“縁”ゲージメント」を成功に導く鍵なのかもれしません。

 250人以上の来場者であふれたセミナー会場は、各社の事例に耳を傾け、中にはパソコンでメモを取っている熱心な参加者も見られました。パネルディスカッションの最後は、登壇された3社の皆さんへの大きな拍手で締めくくられました。

第2部:日経BP総研の事例紹介
お客様へのさり気ないサポート感を演出し
生涯にわたる縁へとつなげる

 第2部では、事例紹介に先立って服部健一日経BP総研企画マーケティング部⻑が登壇し、日経BPが提供する顧客エンゲージメント・ソリューションとして、企業とお客様の縁を強化する「エン(縁)デマンド」を紹介。このエンデマンドの取り組みとして、日経BP総研がソリューションを提供した2社の事例が語られました。

全日本空輸
ANAが目指す、これからのお客様とのエンゲージメントの深め方とは

 第2部の前半は、全日本空輸マーケティング室カスタマーコミュニケーション部の奥野拓氏が登壇。日経BP総研企画マーケティング部プロデューサーの恵聖児との対談形式で、ANAマイレージクラブに関する取り組みについて紹介しました。

 航空利用に応じてマイル(ポイント)を付与するとともに、貯めたマイルを無償航空券などの特典に交換できるサービスの先駆けとなったのが「ANAマイレージクラブ」です。1997年にサービスを開始し、20年超でANAマイレージクラブカードの累計発行枚数は3400万枚を超えました(2018年12月実績)。

 ただ、航空路線利用に応じたポイント加算が基本のため、出張の多いビジネスパーソンなど飛行機をよく利用する人以外は良い関係が築きにくいことが課題でした。航空利用時だけでなく、継続性の高いお客様との関係づくりが必要との判断のもと、2016年にANAX株式会社が設立。ANAマイレージクラブの新たな企画・運営、新規事業開発が進められています。

上級サービスについて紹介する、全日本空輸マーケティング室カスタマーコミュニケーション部奥野拓氏
上級サービスについて紹介する、全日本空輸マーケティング室カスタマーコミュニケーション部奥野拓氏

 ショッピングサイト「A-Style」、ふるさと納税・金融情報サイト「ANA FINANCIAL JOURNAL」など、新たに展開を始めた施策の中で、注目を集めているのがANAの保険「明日へのつばさ」です。特に介護補償に特化した「親介護保険」は2019年2月の販売開始直後から加入者を増やしています。

 「保険加入を機にANAマイレージクラブに新規入会し、飛行機の予約へとつながる、従来とは逆の流れも生まれています。お客様との関係性を生涯にわたって継続していけるように、新たな企画を打ち出していきたい」(奥野氏)

 さらに、航空利用を促す施策としても、対象路線や対象期間を限定することで片道3000マイルから利用できる「今週のとくたびマイル」、空飛ぶウミガメと称されたエアバスA380型機のホノルル線就航を記念した限定キャンペーンなど、貯めたマイルを特典航空券に交換しやすい取り組みが進んでいます。

旭化成ホームズ
「家は建てた後が大事」お客様とのロングライフなお付き合い

 後半では、旭化成ホームズのオーナーサービス推進本部から鈴⽊規生氏が登壇。日経BP総研コミュニケーションラボ所⻑の中須譲二との対談に臨みました。

 旭化成ホームズでは、1972年にヘーベルハウスシリーズの販売を開始。さまざまなタイプの住宅販売を手掛けてきました。1998年には基本駆体構造の耐用年数を60年まで延ばした、ロングライフ住宅宣言を掲げています。

 「家は、生涯で最大の買い物だと言われています。完成して引き渡しても、私たちの仕事は終わりではありません。建てた後が大事。アフターメンテナンスでお客様の“困った”を解決するお手伝いをしながら、次世代まで繰り越すような、長いお付き合いをさせていただくことを考えています」(鈴木氏)。

 お客様との関係性を継続させる手段の一つが、メディアの活用です。ヘーベルハウスのオーナーに向けた会報誌「ヘーベリアン」は、1974年の創刊から45年にわたって発行を続けています。自社広告やサービス訴求は廃し、住宅に関する困りごとへのアドバイスや、新しい暮らしのスタイルの提案などの良質な記事づくりにこだわっているのが特徴です。

へーべリアンの地域密着型イベントを紹介する旭化成ホームズオーナーサービス推進本部鈴⽊規生氏
へーべリアンの地域密着型イベントを紹介する旭化成ホームズオーナーサービス推進本部鈴⽊規生氏

 会報誌を通じて存在感を示し、住宅に関しての信頼をつないでいれば、給湯器や水回りの設備トラブル、リフォームや住み替えなどを考えるようになった時に「旭化成ホームズに相談してみよう」と思っていただきやすくなるからです。

 現在、ヘーベルハウスのサポートセンターには、年間数十万件の問い合わせがあるといいます。「これらの声を、課題解決や新たな商品開発のヒントとして活用することが、次のビジネスチャンスにつながっていくのです」という顧客コミュニケーションの重要性が集約された鈴木氏の言葉で、セミナーは締めくくられました。