売り手市場で社員の採用に悩む企業は多い。他社と差をつけ、優秀な人材を獲得するために必要なのが、説明会やセミナーなどで自社を「カッコよく」見せるためのブランディングだ。ブランド戦略のコンサルタント・村尾隆介氏は独自のブランディング手法で中小企業の採用をバックアップしてきた。
今回、電気商社の電巧社(東京・港)と設備工事会社のセイフル(埼玉県深谷市)が村尾氏のプレゼン特訓に参戦。業種も会社のカラーも全く違う2社が、本番さながらの採用プレゼンを繰り広げる。村尾氏から高評価を得たのはどちらの会社だろうか。
都内の某会議室に、採用プレゼンの発表会に挑む2社が集まった。村尾隆介氏の採用強化プログラムでは、入社2~3年の若手社員を中心に、各部署から5~7人のリクルートチームを結成する。彼らが1年間、就職セミナーなどで学生たちに向けてプレゼンを実施する。
本来の仕事をしながら採用業務を担当するのは大変だが、この活動を通し、改めて自社の魅力を見つめ直したり、他部署の業務を理解したりすることで、メンバーたちは確実に成長していると村尾氏は感じている。さらに、その個人の成長が、組織の成長へとつながっている。
2社が採用のための学生向けプレゼンでバトル
通常のプレゼン特訓は1社ずつ実施するが、今回村尾氏は、あえて2社を呼んだ。お互いのプレゼンから学び合うためだ。このプレゼン大会では、4~5人からなる両社のリクルートチームが1人約5分ずつでプレゼンし、本番同様の質疑応答も実施した後、村尾氏が総括する流れだ。

それでは、改めて、プレゼンに挑む2社を紹介しよう。
1社目は、電気商社の電巧社。1928年に創業し、今年で90年。従業員は224人。東芝製品を中心に拡販を担う商社機能と、配電盤製造をはじめとする電気設備のメーカー機能という2つの領域の事業で成長を続けてきた。社員が働きやすい環境づくりにも力を入れており、ホワイト企業大賞企画委員会が主催する「ホワイト企業大賞」の推進賞を受賞している。同社は長く新卒採用を続けており、村尾氏がサポートするのは、今回で3期目となる。
経験値の高い電巧社に対抗するのは、設備工事会社のセイフル。1951年創業で、従業員は40人。官民の事業所での給排水設備や冷暖房空調設備の工事に携わっている。高齢化や人材不足に悩む建設業界において、セイフルは売り上げも従業員数も右肩上がり。社員の年齢も10代から70代まで幅広く、平均年齢は下がっているという。今回初めて、新卒採用のためのリクルートチームをつくり、村尾氏の指導を受ける。
「2社とも、一緒に学び、成長しましょう!」と村尾氏が呼び掛け、プレゼンバトルが始まった。それぞれどんなプレゼンを見せてくれるのだろうか。
洗練されたプレゼンvs誠実さあふれるプレゼン
先攻は電巧社だ。トップバッターは総務で採用を担当している八木橋幹子さん。黒いスーツにインナーは白、赤いポケットチーフという服装で登場。笑顔がまぶしい、カッコイイ女性だが、10歳の子供を持つワーキングママでもある。八木橋さんはまず、会社全体を紹介した。
若い頃は大手企業志向だった彼女は、「大きな組織の中では自分らしくいられない」と感じて転職を決意。電巧社では「めちゃくちゃ自分らしくいられます!」と胸を張る。積極的に自分から意見を出し、チャンスをつかんできた。若手でも、やる気のある人にはチャンスの多い職場だと強調した。
その後、商社部門、メーカー部門、SI(エンジニア)部門、とそれぞれの部門ごとに2人ずつ前に出て、漫才のような掛け合いも入れながら、それぞれの業務を語った。男性陣の服装は、黒のスーツにインナーは白シャツ、赤いネクタイでそろえていた。
経験豊富な電巧社は、堂々としたプレゼンを見せた。

後攻はセイフルだ。電巧社のプレゼンを見た後でもひるむことなく、元気いっぱいに登場したトップバッターは、工事部の上原学さん。服装は、リクルートチーム用におそろいで新調した緑のポロシャツ。背中には、今期の同社のスローガン「CHALLENGE」の文字が刻まれている。「CHALLENGE」のスペルには、「CHAlleNGE」のように「CHANGE」という単語も含まれており、「挑戦しながら会社をより良く変えていきたい」という思いが込められていると語った。
プレゼンの冒頭で上原さんは突然、「皆さん、ちょっと目を閉じてください」と、聞く人たちに呼び掛け、「今までの人生でピンチだったことを思い出してください」と尋ねた。
この流れから上原さんが話したのは、建設業界の人手不足がピンチであるということ、建設ラッシュが終わるとみられる東京五輪の後も人手不足は進み、最新の試算では、2025年には約79万人もの建設系の技術者が不足するといわれている。また、既存の職人の高齢化も課題になっている現状を説明した。
そんなピンチの中、若手を育てる余力のある会社は少ない。しかし、セイフルは若い技術者を育てることにチャレンジしていくと、未来を見据え、熱い思いを語ったのだ。
その後は、営業部など3人のメンバーにバトンを渡していき、それぞれが担当する業務について伝えた。初めてのプレゼンとは思えない健闘を見せたセイフル。日頃からお客様の安心・安全を考えて働く、真面目で誠実な姿勢が印象的だった。
この後、甲乙つけがたいこの2社のプレゼンを、村尾氏が講評した。
良し悪しは語る内容だけでは決まらない
村尾氏は、「服装」「スライド(プレゼン資料)」、そして少しマニアックな観点である「プレゼンメンバー交代時の受け渡し」の3項目に注目して2社を評価した。
1.「見た目」によって学生のイメージが決まる
服装も、企業のブランディングの大事な要素の一つ。コーポレートカラーを取り入れて統一感を持たせるのがベストだが、制服の会社であれば制服を着用するなど、普段の仕事が見えるほうがいい。
普段からスーツを着て仕事をしている電巧社は、黒スーツに白インナー、赤いネクタイや小物でビシっとキメていた。これに対しては、「普段のスーツやジャケットに、赤をワンポイントで加えたのが良かった」と村尾氏も好印象だったよう。
一方で、セイフルは、採用のために新調した緑のポロシャツでそろえていた。
村尾氏は「技術系の従業員など、普段スーツを着ていない人がこの場だけスーツを着ると、着慣れていない感じが出てしまったり、サイズが合ってなかったりということが多々起こるんです。その点、ポロシャツを作ったのは良い作戦だったと思います。ただ、下がスラックスと黒の革靴だったので、ベージュのチノパンとカジュアルなスニーカーにしたほうが、学生にとってより親しみやすさが出たかもしれません」と指摘した。

両社に共通して残念だったのが、どちらも服装の説明をしなかったこと。
「電巧社は、赤は企業カラーであり、インナーを白にしたのはホワイト企業を表しているというアピールがあっても良かった。セイフルもせっかく新調したのだから、背中のCHALLENGEをもう少し強調して説明すればよかったと思います」(村尾氏)。とはいえ、服装に関しては、「最低限のコストで印象的にまとめていたのでグッド」と評価し、引き分けの結果となった。
2.スライドは数字や文字を大きく見せる
次の評価項目であるスライドは、「どちらも上手で、ポテンシャルを最大限に発揮できていた」と村尾氏は言う。
ただ、初めてスライドを作成したセイフルには残念な点も。「スライドの鉄則は、文字や数字をできるだけ大きく見せること。数字をグラフで細かく見せても伝わらないんです。セイフルさんは、これができているスライドとできていないスライドがあり、残念でした」と経験値の少ないセイフルのマイナスポイントを指摘した。
スライドについては、経験値の差で電巧社に軍配が上がった。
また、スライドのポイントとして、村尾氏は「写真をたくさん使うといい」とアドバイス。さらに、写真には必ず人物が映っていることが大事だという。「建物の外観写真だけだったり、バス会社がバスの写真を使ったりするだけというスライドが本当に多いんですよ。
でも、結局、仕事は人がすることなので、人が見えないことには、何も伝わりません。例えば、誰もいない食堂ではなく、皆が笑顔でご飯を食べている食堂の風景を見せたほうが、会社の雰囲気はよく伝わります」(村尾氏)。
3.バトンの渡し方で「雰囲気の良さ」が伝わる
最後の評価項目として村尾氏が注目したのは、プレゼンそのものではなく、次のメンバーに引き継ぐ際のスムーズさだ。
「これは実は、セイフルが上手だったんです」と今回はセイフルが勝利。
「電巧社は、さすがに経験を積んできただけあって、プレゼンには非常に成長が見られました。特に、『電気のコンシェルジュ』『ハイブリッド商社』『シゴトでアソベ!』など、独自のキーワードがよく利いていました。言葉のオリジナリティーはすごく大事で、『皆で笑顔で幸せになりましょう』というようなふわっとした言葉より断然印象に残ります。
ただ、一人ひとりのプレゼンは良かったけれど、バトンの受け渡しまでは練習できていなかったようですね」と村尾氏は指摘する。
コンビでのプレゼンはインパクトあり
プレゼンの次のメンバーへの受け渡しは走るリレーと同じで、個人練習だけでなく、バトントスの練習も必要なのだ。このトスがうまくいけば、リレーチームが速くなるのと同じで、プレゼンも上手に見えるという。
バトンを渡す際のコツは、「次は〇〇部門の〇〇から説明します」などと、きちんと次の人がプレゼンをしやすいように切り替えをしてあげること。これがセイフルはしっかりできており、会社の雰囲気の良さが伝わったと村尾氏は評価した。
最後に、今回のプレゼンで特徴的だったのは、各部署1人ずつがプレゼンするソロ形式(セイフル)と、2人ずつでプレゼンするコンビ形式(電巧社)の違いだ。
ソロ形式で発表する会社が多いため、コンビ形式の発表はインパクトがある。さらに「仲の良さ」が学生に伝わることが良いと村尾氏は言う。「練習して本番に臨むので、良い関係性がプレゼンからにじみ出るんです。どれだけ言葉で『うちの会社はみんな仲がいいんですよ』と言うより何倍も伝わります」(村尾氏)。各部署から2人選抜する余力のある企業は、ぜひ挑戦してみてほしい。
今回のプレゼンバトルは、1勝1敗1引き分けでという好勝負となった。互いに良い点、悪い点を客観的に受け止めた2社の、今後の採用活動に期待したい。

(本記事は、日経ビジネスオンライン「欲しい人はこう採れ! 中小企業の採用最前線 」2018年8月31日掲載の記事を一部改編したものです)

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