「会計」×「絵画」という誰も気づかなかった鉱脈にたどりついた田中さん。
しかし、ここで根本的な壁にぶつかります。
制作秘話第2回は、この壁をどうやって乗り越えたのかについて。
自分の殻をやぶりたい!と悩んでいる方、必読です!

*この記事は、田中靖浩さんの「note」2020年12月11日の記事からの転載です。

とかく専門家というのは「自らの専門」を磨こうとします。その専門分野の知識こそが自らの身を助け、ブランドとなると信じて。

それは一面正しいのですが、しかし、大きな落とし穴もあります。

その専門知識がネットで手に入り、しかもライバルがいる場合、価格競争によって報酬下落が避けられません。

それだけではありません。専門家にはふだん自分でも意識していないメンタルブロックが存在します。

私も「会計の世界史」構想段階で壁にぶつかったことを自覚しました。

勝負どころの手抜きは後から取り返せない

どんな仕事でもそうですが、一連のプロセスの中で「勝負どころ」が存在します。ここで間違うとその他では取り返せないという重要ポイント。

メーカーでいえば、ズバリ「何を作るか」。
売れもしないモノを作ると決めてしまうと、あとで取り返しがつきません。マーケティングを工夫しようが、製造工程の効率化を図ろうが、人材活用の方策を練ろうが無駄。売れないモノを作って儲かるわけがない。会社の活気が上がるわけがない。

この勝負どころは、どんな商売でも、かなり前段階にあることが恐ろしいのです。
メーカーでいえば「何を作るか」、サービス業でいえば「どんなサービスにするか」、そして著者でいえば「どんな本を書くか」の構想段階。

20冊以上書いてきて、私はそのことを実感しました。著者といえば「書き仕事」のイメージが強いですが、実は本当の仕事=勝負どころは「書き始める前」です。
勝負はここに尽きる。しょぼい構想のまま書き始めた本は、どんなにがんばってもいい内容になりません。

「専門家メンタルブロック」との戦い

「会計の世界史」は「会計の全体像に歴史を重ねる」構想までいったものの、この段階でその内容が「ぜんぜんおもしろくない」ことに気付いていました。
そこで「人物を登場させて」感情移入できるストーリーにしました。さらには画家を登場させて、絵画・経済・会計という流れをもたせるアイデアを発見。ここで「いける!」という手応えを感じました。

ここで問題は、私がまったく絵画分野に疎かったという事実。

ふつうならここで諦めてしまうところ。私も一瞬、諦めかけました。
いわゆる「専門家」は、自分の知らない分野/自身のない分野には出ようとしません。まちがったことを言うのが怖いからです。専門家は「間違っている」という批判に弱い。とくに数字を扱う会計関係の専門家は「間違い」にめっぽう弱い。ここにメンタルブロックが存在することには自分でも気付いていました。

このメンタルブロックを破れず、画家に手を出さずに知っていることだけで書き始めるか。それとも自分の弱さをぶち破って前に進むか--。
ここはもしかしたら人生の岐路かもしれない。
そのことがわかれば、もう迷いはありません。

「やってやろうじゃないか」

ゼロからだってやれるはずだ。なぜならどんな人間でも、すべてをゼロから学ぶのだから。

専門性に別の専門性を重ねることで視界が開ける

ここから本格的に気合いが入りました。
絵画・美術関係の書籍を数カ月にわたって読みまくりました。ここで救いは、それがまったく苦痛でなかったこと。

「なんだ、めちゃくちゃおもしろいじゃないか!」

そんなことを感じながら、次々と絵画・美術・歴史関係の書籍を読むうち、大変失礼ながら、この分野を書く著者のクセもだんだん見えてきました。「あ、この人たちも専門分野を守っているな」と。
私の専門だった会計分野と同じく、美術関係の皆さんも、自らの領域を守っていらっしゃる。自分の世界を、自分たちの言葉でしか語っていない。
このあたりでだんだん自分の進むべき道が見えてきました。

「ある専門分野に別の専門分野を重ねるだけで、新しいものがつくれるぞ」

ここからは一気呵成に「会計×絵画」のストーリーづくりが進みました。勝利の予感を感じながら。

ただ、最後にひとつ引っかかってしまったのが、舞台がアメリカに移った段階で有名画家を登場させるのが難しくなったこと。
しかし、これはもはや壁でも何でもありません。それは絵画に代えて「音楽」をもってくれば解決できる。ここはワークソング→ジャズ→ロックと流せば十分に「会計×音楽」ストーリーがつくれる。うん、なんとかなりそうだ。

かくして「会計×絵画・音楽」という構想がとうとうカタチになりました。

書き始める前にシャンパンで祝杯

この構想をA4サイズの紙1枚にまとめました。
たった1枚。でもそれは私が数カ月掛けた苦労の結晶です。
すぐ、編集者A氏に電話しました。

「いますぐ来てほしい。見てもらいたいものがある」

ただならぬ雰囲気を感じたらしく、A氏は事務所に飛んできました。
私は彼にその紙を見せながら、かくかくしかじかと説明。

聞き終えたA氏はしばらく黙ったまま。
いつもならすぐ何か言うのに。
私が沈黙を守っていると、彼は絞り出すようにこう言いました。

「う~ん、すばらしい内容ですねえ・・・」

そのあと、2人で明るいうちから祝杯を上げに行きました。
シャンパンで乾杯。最高の気分。
まだ書き始めてもいないのに。