2024年から新1万円札の肖像に採用されることが決まり、今年のNHK大河ドラマ『青天に衝け』の主人公としてその生涯が描かれるなど、近年、渋沢栄一への注目が集まっています。

 第一国立銀行や東京証券取引所をはじめ500社もの会社設立に関わった渋沢栄一は「日本資本資本主義の父」と呼ばれ、『論語と算盤』の著者としても知られています。

 なぜ、150年前に生まれた人物が、私たちの関心を集めるのでしょうか。このサイトでは渋沢栄一が残した名言、渋沢栄一関連書籍の紹介、著者対談などを掲載します。彼の年譜については下記をご覧ください。

●渋沢栄一の人生と出来事(渋沢記念財団 渋沢栄一年譜より)
 渋沢栄一年譜|渋沢栄一|公益財団法人 渋沢栄一記念財団 (shibusawa.or.jp)

『渋沢栄一100の訓言』(日経ビジネス人文庫)
 渋澤 健 著 2010年8月刊

 満足は衰退の第一歩。すべては心の持ち方次第。習慣は他人に感染する。お金の善し悪しは使う人によって決まる――。企業500社を興した実業家・渋沢栄一。ドラッカーも影響された「日本資本主義の父」が残した黄金の知恵を、5代目子孫がいま鮮やかに蘇らせる。講談社より発売された『巨人・渋沢栄一の「富を築く100の教え」』の文庫化。

(本書まえがき より)

 なぜ、いま、渋沢栄一なのか。
 2010年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』では、三菱財閥の創始者となる岩崎弥太郎の視点から、坂本龍馬の生きざまを描いています。実業界における弥太郎の最大のライバルは、渋沢栄一であったと言われています。
 弥太郎は有能な人物が経営と資本を独占すべきと主張したのに対し、栄一は経営と資本の分離を基本に、株式を介して大勢が利益を得ると共に国全体を富ます合本主義を主張し、両者は対立したというのが1般説です。
 実際のところはお互いに手を貸している事実もあり、この2人の偉人の関係を正確に描くには、テレビのドラマでは複雑過ぎるのかもしれません。
 日本初の銀行など、およそ500の会社と600の教育福祉事業の設立に関与した功績により「日本の資本主義の父」と言われる栄一が、91歳という長い生涯を終えたのは1931年でした。
 その30年後の1961年、私は栄一の玄孫(孫の孫)として生を受けました。
 子どもの頃からアメリカで育ち、社会人となって帰国しても外資系企業に勤めた私は、栄一のことを強く意識してきませんでした。
 栄一が残した言葉に直接触れてみようと思ったのは、10年ほど前のことです。自分で会社を興すことを意識し始めた頃でした。
 この研究の過程で、栄一の言葉に自分なりの現代解釈を付けてブログに書き込むようになり、その後数年をかけて貯まったコンテンツを整理し、単行本『巨人・渋沢栄一の富を築く100の教え』として刊行したのは2007年のことでした。編集者も入念に手を入れた自信作であり、重版もかかりました。
 思い入れのあるこの作品が、この度、日本経済新聞出版社のご厚意で文庫本として棚に並ぶことを非常に嬉しく感じております。
 なぜなら、3年前と比べると、ますます栄一の訓言を必要とする時代環境になったと感じるからです。
 坂本龍馬や岩崎弥太郎のように、渋沢栄一にも近年関心が高まっており、執筆や講演依頼が絶えません。
 これは1990年のバブル期をピークに、「失われた」日本の迷走が20年間続いている中で、今1度、本質を見直そうという日本社会の潜在的意識が浮かび上がっているからだと思います。
 これは、単に自信を喪失した日本が輝いていた過去への逆戻りを望んでいるのではありません。むしろ、原点に立ち戻って、再び将来へと視線を向ければ視野が拓けてくる、と感じているのではないでしょうか。
 そういう意味で、およそ100年前の思想に目を向けることは、過去を尊ぶためではなく、私たちの将来のために、現在から行動する際の指針になるのです。
 ぜひ、この本が多くの方々の手に取っていただけることを願っております。
  2010年7月吉日 渋澤 健