新型コロナウイルス感染症(COVID-19)については、感染者数をはじめ膨大な情報が伝えられ、それによって私たちの日常生活や産業経済が日々揺さぶられる、まさにインフォデミック(真偽定かでない情報が、感染症のごとく大量に拡散する現象)という事態になっている。
 そこで、医療や健康についての情報を研究対象とする、健康情報学の第一人者である、京都大学大学院医学研究科の中山健夫教授に、withコロナの時代における情報とのつき合い方について聞いた。

編集部(以下、)そもそも健康情報学とはどういう学問ですか?

中山健夫さん(以下、中山):健康情報学は健康・医療に関する問題解決を支援するために、情報のあり方を考える学問分野です。情報を「つくる・つたえる・つかう」の視点から、従来の公衆衛生や臨床の枠組みにこだわらず、EBM(根拠に基づく医療)、診療ガイドライン、情報リテラシー、ヘルス・コミュニケーション、情報倫理などの教育・研究を進めています。

感染症の専門家以外の現場でも成果をあげつつある

新型コロナウイルスは健康情報学の喫緊のかつ、格好のテーマですね。

中山:はい。確かにコロナウイルスは大きなテーマです。しかし、それがすべてではありません。当然ながらすべての医療研究者がコロナに向かってしまったら、そのほかの領域がおろそかになります。バランスをとることが大切です。

 今回のコロナ感染拡大の初期には、「専門家の役割」がクローズアップされました。私も公衆衛生の専門家でありますが、感染症の専門家ではありません。医師の世界も縦割りで細かく分かれており、各分野の専門家であるほど、感染症の領域に中途半端に関与するのは危ないと思っていました。言い方は悪いですが、当初は「頑張ってね」という感じでした。

 ところが2020年4月以降は感染症の専門でないからこそ可能な新たな視点のアプローチが増えてきました。新型コロナは、がんや高血圧、糖尿、出産、高齢者医療など多くの医療に大きな影響を及ぼし始めた結果、感染症以外の分野でそれぞれの専門家が多様な対応策・解決策を模索し始めました。

コロナの感染者はここへきて再び急増しています。一方で欧米諸国に比べると、日本の重症者数や死亡者数は少ないです。

中山:当初は正体がまったくつかめなかった新型コロナですが、4月以降、分からないながらも、治療の現場では、次第に患者が重篤化しそうな兆しを見つけられるようになってきたと聞きます。適切な治療薬投与や治療法が、医師・病院単位で共有され、行政との連携、医療ガイドラインや論文のレベルでも、フォーマル・インフォーマルに情報共有されてきました。その裏返しですが、コロナの死亡者・重症者数のサンプルが少ない日本は、臨床研究の成果が少なくなっています。

「半グレ」「フェイクニュース」と同様な「やっかいな存在」

新型コロナウイルスは「半グレ」や「フェイクニュース」に似ていると発言されていますが、どういうことでしょうか?

中山:新型コロナウイルスに感染すると、高齢者や基礎疾患を持つ人は重篤化の可能性が高まりますが、若い世代にはほとんど影響ありません。また感染しても多くの人に症状が現れないため、感染の連鎖を止めにくい。これを犯罪者に例えれば、外目にもはっきり悪だと分かる“ヤクザ”ではなく、市民社会に紛れ込む“半グレ”という感じです。

 また、フェイクニュースというのは全部が全部間違ったニュースなのではなく、正しい情報と間違った情報が交じり合っています。だからこそ信じる人が出てきます。そういう意味で、これも新型コロナと似ており、社会にとっては非常にやっかいな存在だと思います。

勉強している医者は「エビデンスの限界」を知る

著書『京大医学部で教える合理的思考』(日経ビジネス人文庫)では、「もっともらしく見えることほど疑え」「答えは1つとは限らない」「偽の相関関係に気をつけよ」など、情報とのつき合い方の注意点を示しています。

中山:1980年代以降、EBM(Evidence based medicine)が医療の世界に広まり、エビデンスという言葉が一般にも使われるようになりました。しかし、よく勉強している医者ほどエビデンスの限界を知っています。

 かつては、インフォームド・コンセントによって、「正解」を知っている医者が、「答え」を知らない患者に伝えていました。「あなたの病気はこういうものです。その場合には、こういう治療がよいです」と説明し、患者の同意を求めていたのです。

 しかし治療法には、手術をするかしないか、どの薬を選ぶか、経過を観察するかしないかなど、さまざまな選択肢があります。答えは1つではありません。「さまざまな選択肢」と言うとよく聞こえますが、実は、本当は何がよいのか分かっていないのです。

今こそ求められる「Shared Decision Making」の考え方

情報が常に不確実で、何が正解か分からない中で、意思決定しなければならないというのは、まさに今、政府や企業などのリーダーに問われていることです。

中山:意思決定というのは総合判断です。私たちはデータやエビデンス、人々の価値観、資源(予算やお金、人材など)をもとに、不確実性とジレンマの中で意思決定し、行動をとっていかなくてはなりません。

 情報を見る目が養われれば、質の高い情報を見分けて、不確かさに振り回されるリスクを減らせるでしょう。

 しかし、どんなに「情報」があっても、それだけで、すんなりと決まるとは限りませんし、反対にどんなに「情報」が足りなくても、それだけで決めないといけないこともあるでしょう。私たちにできること、すべきことは、今得られる最善の情報を慎重に読み解き、最大限に役立てて、その上で総合判断として行動を選択し、意思決定を行うことだと思います。

 医療の場では、確かなエビデンスが無く、不確かで難しい判断を迫られる場合、患者さんと医療者が目指す目標とそれぞれの情報を共有し、協力して解決策を見つける”Shared Decision Making”(SDM)「共有意思決定」が注目されています。総合判断として意思決定が一人では難しい時、ともに問題に向き合っているさまざまな人たちと協力して道を探す、SDMは、まさに今の社会に求められ、役立っていく考え方ではないでしょうか。

 中山健夫さんの著書『京大医学部で教える合理的思考(日経ビジネス人文庫)』は、京都大学大学院医学研究科において、医師をはじめ医療にかかわる専門職向けに行われている講義内容のエッセンスをまとめたもの。「手術の成功率68%」は高い?低い? 「運動する人は風邪をひかない」って本当? など、医療の事例が豊富に紹介されますが、広くビジネスパースンにも役立つ内容となっています。