すでにビジネス書としては異例のベストセラー、ロングセラーとなっている「さあ、才能に目覚めよう」だが、その著者(旧版)であり、〈クリフトン・ストレングス〉の設計総指揮をとったドナルド・クリフトンのキャリアについてはあまり知られていない。クリフトンについて知ることは本書をさらに楽しむ一助となると思うので、私の知る限りではあるが、ドナルド・クリフトンについてここで少し紹介をしてみたいと思う。

 ドナルド・クリフトンは1924年、米国ネブラスカ州に生まれた。広大な土地以外何もないようなところでクリフトンは活発な若者として育った。米国空軍では戦闘機の操縦中にその勇猛ぶりを大いに披露し、空軍殊勲十字章という勲章をもらうほど目立った存在だった。

 退役後は、数学の学位を取得し、さらに教育心理学の博士課程に進み、ネブラスカ大学の教育心理学教授となった。そこでクリフトンが研究テーマとしたのは、「人々の素晴らしさ(強み)を研究したらどうなるだろう?」というものだった。

 1950年代当時、退役軍人たちは退役後のキャリア開発に苦しんでいた。兵役のなかで文字どおり命をかけて積み上げてきたスキルが新しい世界では時代遅れのものであり、自分たちは用なしの人材ではないかと感じていたのである。しかし、クリフトンは彼ら退役軍人の多くは転用可能なスキルを有していて、ほんの少しの工夫でそれは新しい生活のなかで大いに役に立つことを発見した。彼らはそれに気づいていないだけだったのだ。

 クリフトンは退役軍事たちにインタビューをしながら、見かけのスキルの背景には転用できる「資質」と呼べるようなものがあり、それは人それぞれにユニークで、しかも上手く使うことによってスキルを築き、卓越した成果を成し遂げることができると知った。

セレクション・リサーチ社発足とギャラップ社買収

 軍用機でこれ見よがしに華麗な飛行をして見せるのが好きだったクリフトンにとって、アメリカ中西部の大学教授という職はあまりに退屈だったのだろう。1969年、クリフトンは自宅の地下室で「セレクション・リサーチ社」を興した。

 この時以来クリフトンが一貫して持っていた原理は次の3点である。
  ・人の強みというものは測定し、明らかにすることができる
  ・人はその強みを伸ばすことによって、もっとも成長することができる
  ・チームメンバーそれぞれが独自の強みを活かすことによってチームは卓越したパフォーマンスを発揮することができる

 「セレクション・リサーチ社」というスモールビジネスは、企業だけでなく、プロスポーツチームなども対象に、「適材適所」の実現、つまりあるポジションにとって必要な才能(資質)を明らかにし、その才能を持った人材を採用するというコンサルティング業務を行っていた。いまでいう採用支援業務であるが、その背景に莫大なインタビューの分析結果がある点が独特であり、統計を駆使した成果予測の精度は高かった。やがて、そのビジネスに対するインパクトの大きさが評判となり、「セレクション・リサーチ社」は急成長し、1988年には世論調査会社としてトップブランドの地位にあったギャラップ社を買収するに至った。

クリフトン・ストレングスの開発

 ギャラップという比類のないブランド力を手に入れてから、クリフトンはその起業家精神を存分に発揮した。 セレクション・リサーチ社の人の才能に関する知識・経験とギャラップ社が持っている圧倒的な調査分析力を差異化要因とし、クリフトンはギャラップを世論調査会社から調査コンサルティング会社へと変容・成長させた。いまでは、コンサルティング部門の売り上げは世論調査部門の数十倍にまで伸長している。

 さらに、新生ギャラップ社では、莫大なデータをもとにしたアセスメントを開発した。その中で最も広くマーケットに浸透しているのが〈クリフトン・ストレングス〉である。世の中に数々の心理測定法があるが、200万人ものインタビュー結果をもとにしているものは他に例がない。

 〈クリフトン・ストレングス〉の特長は、そのサンプル数の大きさだけではなく、その設計においてパフォーマンスとの相関にフォーカスしている点である。多くの心理テストの背景には、例えばユングのタイプ論などの基本理論が存在するのだが、〈クリフトン・ストレングス〉では単純に人はどんな才能(資質)を使って高い成果をあげるかどうかに焦点を当てているのである。

 複雑なデータ分析が背景にあるとはいえ、このわかりやすさは〈クリフトン・ストレングス〉をビジネスの現場で広める大きな要因となっている。

ポジティブ心理学に残した偉業

 ここで少しドナルド・クリフトンが多大な影響を与えた「ポジティブ心理学」についても書く必要があると思う。

 クリフトンが〈クリフトン・ストレングス〉などのアセスメントを確立させて数年経った1998年に、マーティン・セリグマン教授がアメリカ心理学会の会長に選ばれた。セリグマンは、今後心理学会が取り組むべき方向性として「ポジティブ心理学」と呼ばれる心理学の新しい分野を創設した。

 セリグマン教授は、それまで30年以上にわたってうつ病やうつ状態の研究をしてきたが、それまでの心理学が、病気を治すための努力はしてきたが、「人はどうすればもっと幸福になれるか」については十分に研究してこなかったことに問題意識を持っていた。そこで、心の問題を探り治療するためではなく、健常な人がより高いパフォーマンスを発揮するための「ポジティブ心理学」を提唱したのである。

 そこでセリグマンが直面したのは、自己啓発としての「ポジティブ・シンキング」と学問としての「ポジティブ心理学」との違いを明らかにしなければならないという課題であった。「幸福」というテーマを扱う限り、どうしても主観的になってしまうからである。

 そこで主観的な自己啓発と学問との差異化に必要だったのは、何十年に及んで続けられた研究の成果だった。中でも1950年代、60年代から一貫して人の強みについて研究をし、インタビューを続けてきたドナルド・クリフトンの研究成果は徹底してデータ分析によっており、それは「ポジティブ心理学」を学問として確立するための救世主となったのである。これが、マーティン・セリグマンが「ポジティブ心理学の父」、ドナルド・クリフトンが「ポジティブ心理学の祖父」と呼ばれる所以である。

強みと成果をつなぎ合わせる

 もうひとつ、クリフトンは「ポジティブ心理学」に大切な偉業を残している。それは前にも書いたが、「強み」をその「成果」とつなげている点である。クリフトンの研究成果によって、ポジティブ心理学は「強み」を活かすことと「幸福」との関連性を「成果」という具体的な指標を介して明らかにすることができたのだ。つまり、「強み」を活かすことはそれ自体が素晴らしいだけではなく、成果につながるから素晴らしいのである。この点は、ポジティブ心理学的な介入を企業などの組織で行う際にはとても大切なポイントになる。

 私が初めてドナルド・クリフトンに会ったのは1996年、ネブラスカ州リンカーンでのカンファレンス会場だった。当時72歳だったクリフトンは気のいいおじいちゃんといった感じでパーティ会場のなかで多くの人に声をかけながら会場内を行き来していた。

 私もアメリカ人の同僚に紹介してもらい、直接話をさせてもらったのだが、その人懐こそうな表情が忘れられない。彼は初めて会った私に日本のことをいろいろ聞いてきた。突然の質問攻めだったのであまりうまく受け答えできなかったが、クリフトンは私の一言一言に丁寧に反応し、最後には私の肩に手を置き、「君の成功を祈る」と言ってくれた。私は彼の旺盛な知的好奇心と包容力に圧倒された。

 クリフトンは残念ながら2003年に他界しているが、「ポジティブ心理学」という21世紀の心理学の基礎を固め、さらに心理学とビジネス組織との新しい架け橋を築いたという実績は今後も影響力を持ち続けるであろう。

小屋一雄(こや・かずお)
ユーダイモニア マネジメント代表取締役。日本エンゲージメント協会代表理事
 ギャラップ社の日本における創業メンバーとして参画した後、グローバル企業にてマネジメント職を歴任。2009年に独立。職場の活性化や人づくりのためのコーチング、研修、コンサルティングなどを行う。サンダーバード国際経営大学院経営学修士課程(MBA)修了。京都大学EMBAコース講師も務める。