新型コロナ感染症のニュースが日々報道され、右肩上がりで増えていく感染者数のグラフに、不安を募らせる人も多いだろう。ベストセラー『ファクトフルネス』では、データを基に判断すべきだと説くが、実際にどのデータを見ればよいのだろうか。今春、新型コロナウイルスに関する情報リテラシーについて解説したnote記事が大きな反響を呼んだ安川新一郎氏に、コロナ禍でのファクトフルネス思考を解説してもらった。

 世の中の事象を「構造と文脈」という視点から読み解くための情報発信をしています。特に、新型コロナウイルスに関する情報のリテラシーについて解説した記事には多くの反響をいただき、企業向けの講演でお話しする機会も増えています。

 新型コロナのように、誰もが想定外だった危機に面したときに、気を付けなければならないのが数字やデータのミスリードです。状況を正しく把握するには数字やデータを見ることが大事ですが、何の数字を見るかも同じくらい重要になります。

 例えば、国内の感染状況を理解するために、どの数字を指標とすべきか。多くのメディアがトップ見出しに使い続けてきたのは「感染者数」ですが、果たして“今見るべき数字”はそれなのか、常に冷静な判断と選択を繰り返さなければなりません。

 重要なのは、「フェーズごとに見るべき指標は変わる」という構えです。同時に、その指標を見る目的もセットで理解していること。実際に私がどんな数字を見ていたかを簡単に紹介します。

第3波の今、見るべき指標は「重症者数」?

 夏に「第2波」と呼ばれた感染者数増が報道されていた時期、私が注視していたのは、「重症者数」「重症化率」と「病床占有率」でした。春以降にウイルスが変異で毒性が増していないかを知るために重症者数と重症化率を、医療が対応できる状況にあるのかを知るために病床占有率を見ていたのです。

厚生労働省が発表するオープンデータで作成

 さらに長期化したフェーズでは、「抗体保有率」もチェックします。PCR検査の体制は維持できているか(1日当たりの検査数)と併せて、定期サンプル調査による抗体保有率を見ることで「市中感染」の状況を見るというわけです。6月時点で、ソフトバンクグループが従業員と医療従事者約4万4000人を対象に実施した抗体検査の結果は、0.43%。当時、私はこの数字を見てとても安心したのを覚えています。もちろん、市中感染が今後急拡大する可能性もありますので、引き続き追いたい数字です。

 遡って、武漢での感染が報道され始めた2月の時点では、「武漢から日本へ渡る入国者数は月2万〜3万人」という数字を調べ、「すでに国内にウイルスは入っているな」と推測していました。仮に100人に1人が武漢で感染していたとして、月200〜300人の感染者が入国していることになる。

 であれば、その時点で2週間隔離の措置を取っても「時すでに遅し」であるだろうな、と。日本でも武漢のように死者数が急激に増加するのではという予測は外れました。日本では人々が一気に病院に押し寄せる事態にはならなかったのと、初期のクラスター潰しの対策が有効に働いたためです。その後、徐々に感染経路不明者が増えてきた段階では、「感染死者数」と「PCR検査陽性率」を注視していました。

 ちなみにこの記事を準備している11月下旬の時点で、今後注視したいのはやはり「重症者数」「重症化率」です。入国緩和によって海外からのウイルスも入りやすくなった状況下で、変異ウイルスによって治療困難なケースが増えていないのか、また、東京を含めたGoToキャンペーンなどで人の移動が増えて医療資源の少ない地方病院が医療崩壊に陥らないか、という観点です。

過去最多!どんどん悪くなる!に翻弄されないために

 このように、状況の変化に応じて見るべき数字は変わるのですが、「感染者数過去最多!」などの見出しに翻弄されてミスリードされ、不安を募らせてしまう人は少なくありません。

 なぜ私たちはミスリードされてしまうのか。その理由を分かりやすく解き明かす書として、私が度々引用しているのが『ファクトフルネス』です。著者のハンス・ロスリング氏は、私たちがつい陥りがちな「10の思い込み」を挙げ、事実に基づいて世界を見る習慣=ファクトフルネスを身に付けることを推奨します。

 思い込みの一つは、よい面よりも悪い面を見て「世界はどんどん悪くなっている」と考えてしまう“ネガティブ本能”。コロナ禍においても、ニュースなどで感染者数の増加ばかりを追っていると、「事態はどんどん悪化している」と過剰に恐れてしまいがちですが、感染者のうち重症化する比率を追うほうが、事態を正確に把握できます。重症化を防ぐ治療法の知見も溜まり、現役世代の健常者は死に至ることがほぼないことはわかっています。今恐れるべきなのは、重症化を防ぐための病床と医療従事者が医療崩壊によって足りなくなることと、その結果として重症化率が悪化することです。

『ファクトフルネス』から。よいニュースよりも悪いニュースのほうが広まりやすく、感染がどんどん広がり、悪いことばかり起こると思い込みがち

 また、私たちが陥りがちな“直線本能”にも注意が必要です。「どんなグラフも直線を描くもの」という思い込みのことで、『ファクトフルネス』では、人口推移を例に挙げています。「直線本能のせいで、人々は何か大きな対策を打たなければ世界の人口は増え続けると勘違いしてしまう。実際には、世界の人口は増えてはいるが、そのスピードは緩やかになっており、今世紀を終える頃にはグラフは横ばいになる」と説明しています。

『ファクトフルネス』から。なんでも直線的に増えていくと思い込みがちだが、感染は倍々で増えることもあるし、減ることもある

 コロナに対しても「このままいくと、○カ月後には死者○人!」と単純に想像をしてしまう人は多く見られました。実際には直線にはならないし、指数関数で倍々と増えるペースで数字を予測すべきケースもある。数字の見方も、絶対値が重要なとき、割合が重要なとき、変化率が重要なとき、指数関数が重要なときと、フェーズによって扱い方は変わる。繰り返しになりますが、「今どの数字を見るべきか」を冷静に判断する癖を身に付けるべきでしょう。

 もう一つ、シンプルな考え方に偏って、極端に単純な説明を求めてしまう“単純化本能”も、想定外の危機では陥りがちです。コロナに対しても、「とにかくPCR検査さえたくさんやればいい!」という意見や「○○でうがいをすれば予防できる」といった単純な結論に飛びつくのは、行動を誤る原因になります。

『ファクトフルネス』から。複雑な話よりも分かりやすい単純な話を求めてしまいがち

 そのほか、“分断本能”“パターン化本能”“犯人捜し本能”など、『ファクトフルネス』にある「10の思い込み」には、これから私たちがコロナに向き合う上で重要な指摘が詰まっていると感じています。

 併せて、私が常に念頭に置いているのは、ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者、ダニエル・カーネマンによる「デュアルプロセスセオリー(二重過程理論)」。思考には、無意識で直感的な思考「システム1」と、理論的で冷静な熟考に基づく思考「システム2」の2つのモードが両立しているという理論です。前者は「早い思考」、後者は「遅い思考」とも表現されます。

 つまり、人は時間をかけて冷静かつ論理的な判断をする前に、自分が信じたいと思う情報に飛びつく傾向があるということ。私たちを取り巻く今の環境は、システム1が非常に刺激されやすいものであると自覚しておく必要があります。

 派手な見出しで読者を呼び込む仕掛けは大手メディアでもよくやる手法ですが、ネット上には「とにかくバズらせたい」という目的で書かれた扇動的な記事もあふれています。あるいは、「コロナはただの風邪だから、何も恐れなくていい」といった極端に単純化したメッセージも流れてきます。

 無数の情報源を見極めつつ、何を根拠に、自分の頭で判断するのか。一人ひとりが選び取る意識を持つことが大切で、そのためのリテラシーを磨き続けていきたいと私自身も感じています。(構成:宮本恵理子)

安川新一郎さんのプロフィール
投資家、著述業、コンテクスター、Great Journey LLC代表、Well-Being for PlanetEarth財団理事。日米マッキンゼー、ソフトバンク社長室長/執行役員、東京都顧問、大阪府市特別参与、内閣官房CIO補佐官等、国内外、内資外資、官民の様々な役職を歴任。日経COMEMOでも時事をテーマに幅広く記事を執筆(https://note.com/syasukaw)。
『FACTFULNESS』(ファクトフルネス)
『FACTFULNESS』
スウェーデンの医師、ハンス・ロスリングと息子夫婦による世界的なベストセラー。ビル・ゲイツやオバマ元大統領が絶賛したことから注目が集まり、日本でも90万部を超えた。 本書の発行は英語版が2018年、日本語版が2019年と、コロナ禍の前だったが、「心配すべき5つのグローバルなリスク」として世界的な感染症を指摘したことでも知られる。 本書では、人間が10の本能による思い込みによって正しく世界を見られていないことを指摘。データを基に正しく世界を見る習慣「ファクトフルネス」を紹介している。