国内外から優れた研究者を集めている沖縄科学技術大学院大学(OIST)。学術出版の英シュプリンガー・ネイチャー発表の「質の高い論文ランキング2019」では、OISTが日本1位、世界9位となった。修士課程がなく、5年一貫制の博士課程を提供するOISTは、どんな大学なのか。そして、日本の他の大学がOISTから学ぶべきこととは。元日本マイクロソフト社長で、『2040年の未来予測』を出版した成毛眞氏が、OISTのピーター・グルース学長に大学の未来を聞く。

OISTのイノベーションを生み出す環境

成毛眞(以下、成毛):OISTは他の日本の大学と全く異なっていますね。まず入学者の外国人比率が約80%にも上ります。なぜ世界各国から研究者を集めることができているのでしょうか。

ピーター・グルース学長(以下、グルース):学校の価値を決めるのは、内部にいる人だと考えています。ですから、先生も、学生も、いかに優秀な人を連れて来られるかが肝心です。

 なぜOISTが世界から一流の研究者を集められているのかというと、まず1つは、安定した研究資金の提供です。研究者個人を信用し、5年間、創造性の高い研究を追求してもらえる資金を担保します。5年後にそれを厳しく評価して、良い研究が行われているようであればそのまま継続して研究をしてもらうというシステムです。

成毛:なるほど。それから、OISTは准教授が独立して研究を行っているそうですね。日本だと准教授は教授の手伝いをする役割であることが多いですが、OISTはそうではない。

グルース:そうです。教授、准教授に限らず、全員がのびのびと研究できる環境が整っています。そもそもOISTには学部がありません。各分野で、それぞれの専門性を持った人たちが、力を合わせて研究を行っています。研究室に物理的な壁もなく、実験機器の共有も盛んです。つまり、イノベーションを生み出す環境が整っているというわけです。

Peter Gruss(ピーター・グルース)氏
学校法人沖縄科学技術大学院大学学園理事長、沖縄科学技術大学院大学学長。1949年、独アルスフェルト生まれ。ハイデルベルク大にて博士号(生物学)。マックス・プランク学術振興協会会長を12年務め、17年より現職。独シーメンスの技術革新カウンシル元議長。ドイツ連邦共和国功労勲章など、受賞歴多数。(写真:山口真由子、以下同)

成毛:博士課程のカリキュラムでは、「ラボ(研究ユニット)ローテーション」を行っています。これもイノベーションが生まれそうな取り組みですね。

グルース:はい、現在設置されているラボは80以上にも上ります。1年次で3つのラボを選んで4カ月ごとにローテーションするのですが、そのうち1つは必ず自分の専門分野ではないラボを選びます。そこでの研究のほうが、面白い結果を生むことが多いんです。ちなみに、1名の教員に対して平均2~3名の学生という比率なので、指導も非常にパーソナライズされています。

成毛:なるほど。日本の大学は、世界での競争力が低いといわれています。理由は、OISTのような仕組みができていないからでしょう。日本の大学って、19世紀ぐらいから構造が変わっていないのではないかと僕は思います。

グルース:日本は考え方が保守的なのかもしれません。ちなみに、ドイツも日本と似ていました。しかし、学生運動があって変わったのです。海外の大学の多くは、OISTのような環境や給与体系であることが多いです。

成毛:日本も変わらなければいけない時代になっているのでしょう。

グルース:日本の大学の問題は、科学技術研究に投入される公的資金が、海外と比べて圧倒的に少ないことです。過去15年間増えていません。GDP(国内総生産)の比率で見ると、日本は0.6%を研究に投入しています。これは圧倒的に少ない比率です。ドイツでは1%近く、中国・韓国では1%以上の公的資金を投入しています。

成毛:だから日本では、ユニコーン企業も新しい産業も生まれにくいのかもしれません。

日本で優秀な研究者を育てるには

グルース:日本の大学は、ガバナンスの構造がうまくいっていないと感じます。つまり、技術を産業界に移転しやすい構造になっていない。

成毛:OISTはどんな構造になっているのですか?

グルース:まず、OISTには「プロボスト(Provost)」というポストがあります。職務は大学によって少し違うかもしれませんが、海外の大学には大体このようなポストがあります。日本の大学の管理や運営は、事務局長が行うと聞いていますが、OISTのプロボストは研究に関わる人事や予算に関する権限を持っています。研究者出身のプロボストがいることで、研究者が働きやすい環境をつくることができます。

 また、ある研究がVC(ベンチャーキャピタル)から資金を得られるかどうかを判断できる担当副学長など、技術移転に詳しい人材を入れることで、研究を商業化フェーズに乗せる際に大学が指揮をとることができます。

成毛:事務局と、研究職への理解があるプロボストを分けるといいということですね。

グルース:そうです。

成毛:OISTに一流の研究者が集まっているのは、安定した研究資金をもらって研究ができることと、イノベーションを生み出す環境が整っていること。この2つに尽きるのでしょう。日本の大学がすぐにOISTをまねすることは難しいと思うのですが、優秀な研究者を育てるために何から始めるべきだとお考えですか?

グルース:まずはヨーロッパの公的資金を研究に投資する仕組みをまねするのがいいのではないでしょうか。そのうちの1つの例は、優秀な若手が5年間の研究期間に十分な資金を与えられ、自分のやりたい研究をするために自由に大学を選べることです。日本に置き換えるなら、東京大学、京都大学、東北大学などの中から、「ここで研究したい」と思う大学を選んで独立して研究ができるということです。この仕組みを取り入れるだけで人材が伸びますし、若い人たちが自立することで、そのためのコストもほどほどになるでしょう。

成毛:なるほど。ほかに、日本の大学を見て感じることはありますか。

グルース:大学というか、日本の政治家は基礎研究の重要さを分かっていないように感じます。日本だと軽んじられがちですが、基礎研究によって経済が発展できるのです。基礎研究と経済の相関関係を示した論文もたくさん出ています。特許の生まれた基礎研究の約75%は、公的資金によって行われているという論文(※)もあります。
※D. Hicks, A. Breitzman Sr, K. Hamilton, F. Narin, Science and Policy, Vol.27, pg 310 (2000)

成毛:そういった意味でも、日本政府が大学をはじめとした学術機関に予算を使わないことが問題ですね。

グルース:はい。大学発のベンチャー企業も、アメリカではたくさん出ています。日本のベンチャーキャピタルの投資額は、アメリカの3%ほどの規模にとどまっています。起業家を育成し、彼らが起業してリスクを取ることができるよう、十分な資金を提供する必要があります。

成毛:それから、日本での投資は、早く資金を回収させられるという課題もあると思います。学術研究は長いスパンで行うものですから、すぐに成果を求められても困りますよね。

グルース:確かに、その課題もあると思います。投資額の回収が期待できるようになるまで、スタートアップを10年程度成熟させる、長期的な我慢強い投資が必要なのです。余談ですが、僕は昔ドイツのミュンヘンとベルリンに住んでいたことがあります。ミュンヘンは治安が良く、大手企業が集まる豊かな都市で、イノベーションの推進力にもなっていた。一方で、ベルリンは比較的貧しくて混沌としていましたが、この混沌こそが、異なるタイプの起業家を惹きつけるのかもしれません。「混沌なくして創造なし」ということわざもあります。

成毛:それは面白いですね。

OISTの構想と沖縄の未来

成毛:お話を伺っていて、OISTは日本の研究において最後の砦(とりで)になると感じました。OISTがなくなったら大変ですよ。

グルース:OISTがなくなったら……今は私が学長で責任者なので、最も気にしていることです(笑)。OISTのようなことをやっている日本の大学は少ないので、頑張らないといけませんね。

成毛:OISTにはハイテク産業の「イノベーションパーク」をつくる構想があると聞いています。

グルース:はい、今も協議中なのですが、キャンパスのそばにイノベーションパークをつくろうとしています。ここは、基礎研究から生まれたイノベーションやハイテク産業が発展する拠点となる場所、つまりイノベーションのハブとなることを目指します。環境に配慮した交通や、企業、学校、住宅などを備える予定です。

成毛:OISTのキャンパスのすぐ近くにつくるんですね。

グルース:世界中の成功しているクリエーティブなハイテク集団を分析してみたところ、学術機関などの知的センターの近くに創設されると繁栄するということが分かりました。ハイテク・イノベーションパークで進める応用研究や、スタートアップ企業を通じて、優秀な人材を沖縄に集めたい。OISTは、その磁石のような役割になると考えています。

成毛:それは、沖縄にも利益をもたらしそうです。

グルース:そうしたいと考えています。沖縄県の観光によって支えられている産業は、県のGDPの最大25%を占めています。コロナ禍で観光産業が大きな打撃を受けましたが、それ以前から、経済基盤の拡大や多様化に向けて動き出そうとしていました。沖縄のハイテク産業を発展させることで産業基盤を広げていきます。OISTは沖縄の支援もできると考えています。

成毛:僕は著書の『2040年の未来予測』の中で、「日本では、学歴の意味がなくなる」と書いたんです。将来若い世代の人口が減り、大手企業も学歴では人を採用しなくなります。その結論として、「親は子どもに、好きな仕事や自分の人生を創造する後押しをしてあげるべきだ」と書いたのですが、まさにOISTのような大学があると、学ぶのも楽しいし、しかも社会にも接続している。日本の大学の目指すべき姿だと感じました。

(構成:梶塚美帆)