私たちは、20年後にどんな世界に住んでいるのでしょうか? 人間である限り、年は必ずとります。元日本マイクロソフト社長の成毛眞氏は、年金・社会保障・医療などを筆頭に未来は暗いと予測します。20年後なんてまだまだ先だと思っていても、その頃の未来を予測して生活していないと、手遅れになることもあるかもしれません。今回の対談は、現在と未来の医療について。注目のベストセラー『2040年の未来予測』(日経BP)にも登場する『未来の医療年表』を執筆された医師・医学博士の奥真也氏と、未来の医療について考えます。

これから先、どの病気が治り、治らないのか

成毛眞(以下、成毛):「人生100年時代」が到来するといわれています。まあ、100年生きたいかという問題もあるかもしれませんが、医療技術の進歩で確実に死にたくても死ねない時代の足音を誰もが感じているはずです。そうなると、果たして、どの病気は治り、どの病気は治らないのか。まず、おたずねしたいのは、現在、「国民病」でもあるがんについてですね。2040年にはどの程度治るようになっているのでしょうか。

<span class="fontBold">奥真也氏プロフィル<br/>医師・医学博士</span><br/> 1962年大阪府生まれ。医師、医学博士。経営学修士(MBA)。医療未来学者。東京大学医学部医学科卒業。英レスター大学経営大学院修了。東京大学医学部附属病院放射線科に入局後、フランス国立医学研究所(INSERM)に留学、会津大学先端情報科学研究センター教授などを務める。その後、製薬会社、医療機器メーカーなどに勤務。埼玉医科大学総合医療センター客員教授。著書に『未来の医療年表~10年後の病気と健康のこと』(講談社現代新書)等がある。</a>
奥真也氏プロフィル
医師・医学博士

1962年大阪府生まれ。医師、医学博士。経営学修士(MBA)。医療未来学者。東京大学医学部医学科卒業。英レスター大学経営大学院修了。東京大学医学部附属病院放射線科に入局後、フランス国立医学研究所(INSERM)に留学、会津大学先端情報科学研究センター教授などを務める。その後、製薬会社、医療機器メーカーなどに勤務。埼玉医科大学総合医療センター客員教授。著書に『未来の医療年表~10年後の病気と健康のこと』(講談社現代新書)等がある。

奥真也氏(以下、奥):2040年には、がんのほとんどは、治るようになっているはずです。ただ、そこで気をつけなければならない点がいくつかあります。

 まず、「治る」をどう考えるかですね。例えば、「風邪が治る」と聞くと、多くの人は完全に回復する状態をイメージするはずです。ただ、私が「がんのほとんどは治る」といったのは、がんが体から完全に消えてなくなることではなく、命を落とす危険性がなくなる状態です。つまり、完治はしないが生活上は大きな制約を受けないイメージですね。そのように広い意味で、がんが治る時代になるはずです。『未来の医療年表』では、後者の「治る」を治癒の癒という字を使った「癒る」という別の字を当て、治療の治を使った「治る」と分けて考えたらどうかと提案しました。医療技術の発達で、がんに限らず、ほとんどの病気が「癒る」ようになってきます。

 とはいえ、「治る」を広く考えても、いくつかのがんは治療が難しい可能性が、やはりあるはずです。例えば、現在難敵とされている膵臓(すいぞう)がんや胆管がんなどが思い浮かびます。最も精力的に研究されている分野ですが、全てのがんが治るとは言い切れない。

 外科手術の執刀が人間からロボットにどのくらい置き換わるかもどの程度治るかを左右するでしょう。ただ、これは今後10年ぐらいの技術の状況を見極めないと、判断がつきません。現在のロボット支援技術が高度化して、外科手術のかなりの割合がロボットに置き換わるストーリーもある一方で、やはり人間が担わなければ難しいとなる可能性もあります。

新型コロナワクチンを皮切りに、これから創薬のスピードは速くなる

成毛:広義の意味で、がんを筆頭に病気が治る社会に向かっているのは間違いないですよね。それを実現する方法論としてはいくつかあると思うんですが、コロナ禍で注目された「メッセンジャーRNA(mRNA)」ワクチンの有効性はどのように見ていますか。

:医学関係者は誰もが良い意味で期待を裏切られたと思います。私は2020年9月に『未来の医療年表』を出しました。夏ごろに原稿を仕上げていたんですが、そのとき世の中は、専門家も含めて「そんなにうまく行かないだろ」という空気だったんですね。ポジティブなニュースもありましたが、ワクチン開発の9割以上が失敗するのは、歴史が物語っていましたから。それが、今は非常に有用な手法になっている。

 この理由は今となっては明白です。医学の世界で新しい技術は、人の健康に関わるのでゆっくり検証して、少しずつ流通させて、10年ぐらいかけて世の中に普及します。特にmRNAは、設計図である遺伝子の一部を使ってワクチンをつくる手法ですから、考え方によっては、非常に乱暴な技術です。ところが今回は緊急事態なので、世界中が悠長なことを言っていられなくなったのです。少し危ないかもしれないが、使おうかという認識が醸成されたというか。とはいえ、その結果、開発に10年かかると思われていたワクチンが1年以内に出てきたのには驚きました。2021年、22年はワクチン、そのあと同じ技術を使った薬が絶対出てくるはずです。実際、今アメリカで懸命に研究されています。コロナ前から盛んだった遺伝子技術を使った創薬が加速することは、確実です。

成毛:今回の新型コロナウイルスのワクチンは異例としても、創薬のスピードが過去とは比べものにならない速さであることを肌で感じます。実際、時系列で見て、どの程度、速くなっていますか。

:100倍、いや1000倍でしょうか。とにかく加速しています。私は1988年に医学部を卒業しました。2000年ごろには「創薬の技術はほぼ完成したな」と思ったのですが、これが大きな間違いでした。2000年代半ばあたりから驚くくらい進みました。

 理由は大きく2つあります。一度に多くのことを分析したり、解析したりできる技術が登場したのがひとつ。遺伝子領域のビッグデータ化ですね。象徴的な存在が米イルミナなどが手掛けた次世代シーケンサーです。大量に遺伝子を解析できるようになり、これが世界中のラボに広まり、ゲノム医療が全盛期を迎えることになります。

 2点目は1点目と関係するのですが、データの解析技術が進んだことで、開発の考え方そのものが変わりました。それまで医学の世界は仮説検証型でした。病気のメカニズムがこうならば、この薬が効くはずだろうという仮説を立てて検証していました。それが現在は発見型の創薬が増えてきています。発見型というのは、病気との関係性はよく分からないが、治るからとりあえず創薬しようという考え方ですね。乱暴に言ってしまえば、治るならいいじゃん、理由はあとで誰かが考えれば、という発想です。膨大なデータの解析が可能になったことで、創薬スピードが加速したのです。

体調が急変しても、携帯の電池が切れて連絡できないことは少なくない

成毛:医学を含めてサイエンスがもうコンピューター抜きには語れない時代になっていますよね。そして、おそらくその傾向はますます強くなるはずです。一方で、加速度的に医学が進歩しても、今のところ、2040年時点で克服が難しそうな病気もあります。認知症は数十年の間には克服は無理との見方が支配的ですが、他にもありますか。

:2つあります。ひとつは血管の再生です。もちろん、掌(てのひら)にケガをして傷ついた血管があって、それを再生するのは難しくありません。ただ、人間の体の中には大小さまざまな血管があります。例えば、巨大オフィスに張り巡らされた通信網や集合住宅の配管を想像してください。これらに相当するのが血管です。これらを新しくするのは至難の業です。そして、一部を置き換えても意味がありません。血管の場合は、傷つかなくても老朽化しますが、全体を置き換える技術はないですから、血管を大事にしなければいけないんですね。

 もうひとつは突然死です。これは1点目の血管の問題と非常に緊密な関係にあります。というのも、血管系のトラブルが多いのです。脳出血や心筋梗塞、乖離(かいり)性大動脈もそうですね。もちろん、突然死は血管が原因だけでありません。交通事故にあうかもしれませんし、精神的不調から自ら命を絶つ場合もある。

 いずれにせよ、人間の体は一時的なピンチに弱い。ですから、ピンチになったら助けを求められるようにしていなければいけません。高齢者ならばひとりでいる時間を減らしたり、携帯電話の充電は20%以上を保ったりとか地道な備えが意外に重要です。実際、体調が急変して助けを求めたくても、携帯の電池が切れて連絡できないケースなど少なくないのですよ。

成毛:携帯電話の充電を気にしながら、血管を健康に保てば、とりあえずリスクは減らせると。そうなると、血管系の病気にならないようにするにはどうすればいいのかとなるんですが、おそらく、生活習慣病にならないように食生活を改善しろという結論になってしまいますよね。私としてはそれは聞き飽きてしまったところもありまして……。おそらく、40歳以上の多くの人は毎回同じ事を言われます。食べ過ぎるな、飲むな、運動しろ。たぶん、みんな聞き慣れてしまって、飽きてきていると思います。

:私は医者ですが、言われる立場でもあるので、気持ちは痛いほど分かります。確かに、人によっては節制をしなければいけないかもしれません。ただ、そもそも、より良く、より楽しく生きるために治療しているんですよ。そう考えると、楽しくなかったらやる意味はあるのかとも思います。 

 私の場合、おいしい食の機会は奪われたくないし、酒も飲みたい。そこは譲りたくない。ですから、ラーメンは食べるけれどもラーメンの汁はできるだけ飲まないようにしています。ラーメンの汁を飲み干してラーメンを一生食べられなくなるよりも、汁を飲まないようにして一生で食べられる回数を増やす人生を選びました。地味かもしれませんが、何かを急に止めたりせず、こうした小さな積み重ねが健康には重要な気がします。少しの我慢は強いられるけれども、好きなことを完全に絶たない。ですから、医療従事者の人も、その人が何のために生きたいのか、どう生きたいかまで思いを巡らして、助言する姿勢が必要かもしれません。

成毛:そうですよね。急に酒飲むのを止めて運動を始めて、節食しても続かないですよね。「長生きするためなら死んでもいい」というのは違いますよ。僕は『2040年の未来予測』は、自分らしく生きるためにどんな知識を持っているといいかを伝えたくて書いた面もあります。奥先生とのお話は、まさに医療で知っておけばいいことで、大変興味深いです。

後編に続く

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 iPhoneが発売されたのは、たった13年前でした。現在、スマートフォンがない世界は考えられません。テクノロジーの進歩に気づかないだけでなく、ほかのことも、気づいたときには手遅れなのが人間のさがです。

 地震や災害も、リスクを分かっていながらも被災するまで手を打つ人は少ないし、明らかに社会制度は破綻しつつあります。人口は増えず、老人ばかりの国になるし、環境問題も悪くなる一方です。これまでと同じように暮らしていたら、今の年齢によっては取り返しのつかない可能性もあります。

 この本では、さまざまなデータから導き出されるありのままの未来を著者が予想します。

 暗い未来でも未来を予測できる力さえあれば、どう生きればいいかは自然と分かります。「今日」にはこれから起こることの萌芽(ほうが)があり、現在を見つめれば、未来の形をつかむことは誰にでもできます。

 本書は、ただ知識を得るためだけの本ではありません。読んだ後には、俯瞰(ふかん)的に未来を考え、そして自分の人生を切り開く力がついているはずです。