あなたは、20年後に自分がどんな世界に住んでいるのか想像したことはありますか? 元日本マイクロソフト社長の成毛眞氏は、年金・社会保障・医療などを筆頭に未来は暗いと予測します。そして、「未来を明るくするのはテクノロジーだけだ」とも言います。これからのテクノロジーはどうなるのでしょうか。注目のベストセラー『2040年の未来予測』(日経BP)を出版した成毛氏が、ソニーコンピュータサイエンス研究所所長の北野宏明氏と考えます。

成毛眞氏(以下、成毛):「未来に起きることには必ず現在に萌芽(ほうが)がある」が『2040年の未来予測』の大きなテーマですが、テクノロジーは象徴的な分野です。特にバイオテクノロジーは、私たちの未来を明るくする大きな希望です。本の中でも言及していますが、新型コロナウイルス対策のワクチン開発で時計が一気に進んだ感があります。

北野宏明氏(以下、北野):米ファイザーや米モデルナの提供しているワクチンは「遺伝子ワクチン」と呼ばれるものの1つで、ウイルスの遺伝子の一部である「メッセンジャーRNA(mRNA)」を利用したものですね。これは実用化に10年くらいかかると思っていましたが、コロナ禍という緊急事態が開発を早めました。1年弱の驚異的な速さで完成したのには驚きました。

北野宏明氏プロフィル
博士(工学)。ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長。ソニー株式会社 常務。株式会社Sony AI CEO。特定非営利活動法人システム・バイオロジー研究機構 会長。学校法人沖縄科学技術大学院大学 教授。ロボカップ国際委員会ファウンディング・プレジデント。国際人工知能学会(IJCAI)会長(2009-2011)。The World Economic Forum(世界経済フォーラム)AI & Robotics Council委員(2016-2018)、Quantum Computing Council委員(2019-2020)。The Computers and Thought Award (1993)、 Prix Ars Electronica (2000)、日本文化デザイン賞(日本文化デザインフォーラム)(2001)、ネイチャーメンター賞中堅キャリア賞(2009)受賞。ベネツィア・建築ビエンナーレ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)などで招待展示を行う。

成毛:ワクチンの作り方が根底から変わりますよね。これまでのワクチン開発では、弱毒化したウイルスや感染力を失わせたウイルスなどを使うことが多かった。薬は、これまでは「たまたま」見つけていたものですが、このワクチンは、完全に人間主導でデザインされたものです。

 この「遺伝子ワクチン」は、ウイルスのゲノム情報さえ解明できれば、遺伝子の生成が比較的簡単なので時間もコストもそれほどかからないと言われていました。しかし、理論上はそうでしたが、これまでは実用化されていなかった。それが、今回一気に進みましたからね。加えて、有効性(臨床試験で効果を示す指標で、接種によって感染や発症が減ったと考えられる割合)が驚異的に高いのです。

北野:ファイザーもモデルナも9割超ですよね。最初のリポートを見たときは腰を抜かしました。これまでのインフルエンザのワクチンの有効性が5割くらいですから。正直、ワクチン開発といっても、今までの延長線上だったら、感染が拡大し続けている新型コロナにはあまり期待できないと思っていたのですが、考えを改めました。

 mRNAはゲームチェンジャーになり得ますね。モデルナは新型コロナにとどまらず、インフルエンザやHIVなどでもmRNAベースのワクチンの開発に取り組んでいます。世界が変わるなという期待があります。

成毛:もちろん、人間の対策に合わせて、ウイルスも進化します。それが人類の歴史です。世界の全ての人にワクチンを打てるわけでもないし、完全に撲滅することはできないと思いますが、戦い方は変わりますね。著書『2040年の未来予測』にも書きましたが、この分野は本当に進歩が目覚ましく、「変わるんだ」ということを認識することが必要です。

北野:今まではウイルスが暴れていても弾を込める――ワクチンの開発に時間がかかるから、局所的封じ込め対応に終始せざるを得なかったし、受け身にならざるを得なかったわけです。今回、mRNAワクチンが迅速に作れることが分かったので、人間の側から早期に警戒網を作れるようになっていくのではないでしょうか。

コロナ後は、人の精神性に訴えるサービスが台頭するかも

成毛:バイオ以外での有望なテクノロジーはやはり人工知能(AI)ですか。

北野:AIはまだ伸びしろがありますね。これまでもAIブームは何度かありましたが、歴史を振り返ると、世の中の「これからはAIだ」という騒ぎが落ち着いたときが、本当に浸透しているときですね。いろいろな分野に応用されていくわけです。

 AI以外では、月並みですがディープテック(AIやロボット、通信、半導体、ゲノム、ライフサイエンス、素材化学など)は興味深いですよ。この本でも触れていましたが、人工肉にも個人的には注目しています。ただ、ディープテックとは別の流れで、人の精神性や価値観に訴えるテクノロジーやサービスがコロナ後の世界では面白いと思っています。

成毛:新型コロナを契機に、世界レベルで人の行動変容が起きていますからね。

北野:そうです。例えば、瞑想(めいそう)を助けるスマートフォンアプリを手掛ける米国のスタートアップでカーム(Calm)という企業があります。昨年12月に日本でもサービスを始めましたが、正直、技術的に何も新しいわけではない。「息を吸ってください」といった瞑想を行いやすくする音声などが流れるだけなんですが、市場では有望なユニコーン企業と目されている。もちろん、これからどうなるか分からないけれども、今、10億ドル以上の企業価値がついている時点で、すごいですよ。

成毛:確かに、コロナ前でしたら、「何、このアプリ」と感じる人が大半だった気がしますね。そう考えると、これまでと違うところに多くの人が価値を感じ始めていることは間違いないでしょうね。

北野:価値観のトランスフォーメーションが確実に起きています。今回のパンデミックは個人的には第2次世界大戦レベルのインパクトがあるのではと考えています。

 もちろん、ここ20年を振り返っても、2001年の米国同時多発テロ、2011年の東日本大震災のように、人の人生観が揺らぐような出来事は他にも起きています。ただ、いずれも直接的な被害を受けた人は世界から見れば限られるし、事象が起きてからは、すぐに救出と回復が進みました。一方で、今回は世界中の人に影響があって、しかももう1年たっているのに、出口がまだ先です。ライフスタイルも変えざるを得ないし、これからの生き方について考える時間も十分すぎるほどある。おのずと価値観は変わっていきますよね。

インドはすでに「これからの国」ではない

成毛:2040年という長い期間で見た場合、ディープテックで世界を牽引(けんいん)するのは中国やインドになるはずです。特にインドはユニコーンもたくさん出てきていますし、金融市場が整備されれば世界を席巻できる力はありますよね。

北野:インドを「これからの国」と見ている人がまだいるかもしれませんが、すでにソフトウエア産業はインドがなくては回りません。化学分野でもリライアンス・インダストリーズのような巨大企業も存在している。もちろん、経済格差や教育格差が大きいという課題はありますが、2040年でも人口は増え続けている。ポテンシャルは中国よりも大きい。もちろん、日本にもこれから伸びていく有望な企業がないわけではありませんが、世界から投資を呼び込むには、いかんせんカントリーリスクが大きすぎる印象です。

成毛:日本の抱えるさまざまなリスクについて本の中でも紹介していますが、例えば、少子高齢化一つを見ても、人類が経験したことのない速度で進みます。コロナ後の世界を考えると、今の日本はわずか10年前の東日本大震災の頃と比べても回復力が弱っていることは否定できません。

北野:そうでしょうね。このスピードで人口が減り続けるとインフラは維持できないし、マーケットも縮むので、国の魅力がどんどん失われていく。それならば、移民を受け入れるかとなりますが、現状を考えればそう簡単に議論は進まない。移民を受け入れるにしても、そこに至るまでには国を二分しかねないコンフリクトが避けられないはずです。

成毛:そもそも、移民が来る前提での議論になっていますが、日本の経済成長性を考えれば、あと20年もすれば、お願いしても日本に来てくれない可能性が高い。そう考えると、縮小均衡しながらも質だけ上げていくというのが現実的な解なんでしょうが、これも日本の労働生産性を考えるとハードルは低くありません。

北野:これまでに日本が成し遂げたことがないレベルでの生産性向上を10年単位で継続して、ようやく欧米に追いつけるかどうかですからね。社会のしくみを根本から変えないと難しい状況ですが、社会がドラスチックに変わる雰囲気はない。それは今回のコロナ禍で再認識した人も多いのではないでしょうか。そして、かなり厳しい状況を綱渡りでなんとか頑張っている頃に、『2040年の未来予測』で書かれているように、南海トラフ地震や首都圏直下型地震が起き、コロナ以外の未知のウイルスが襲来する可能性もあります。

成毛:悲観的でも楽観的でもなく、それが可能性の高いシナリオですよね。こういうことを言うと「危機をいたずらにあおるな」と批判されかねないけれども、過去のデータから予見される未来から目を背ける方がよほど危ない。最悪が想定できていれば、国を頼れなくても、個人レベルで備えはある程度できます。そろそろ、ファクトに基づいて、現実を直視しなければいけない局面を迎えています。

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 この本では、さまざまなデータから導き出されるありのままの未来を著者が予想します。

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 本書は、ただ知識を得るためだけの本ではありません。読んだ後には、俯瞰(ふかん)的に未来を考え、そして自分の人生を切り開く力がついているはずです。