リポート

記事一覧

ソーシャル・インパクト・ボンド、先進国・英国からの報告

「共創オープンフォーラム ソーシャルインパクト・フォーラム ヨコハマ」リポート(1)

小口 正貴=スプール【2017.6.13】

近年、公民連携の新しい手法として「ソーシャル・インパクト・ボンド」(以下、SIB)が注目されている。SIBとは、これまで行政が担ってきた社会福祉課題の解決に民間資金とサービスを投入し、その成果(アウトカム)に応じて報酬を支払うスキームのこと。2010年代に入り英国を中心に活発化し、現在は欧米を中心に世界に広がりつつある。今回、英国・豪州・日本からSIBの専門家を招き「共創オープンフォーラム ソーシャルインパクト・フォーラム ヨコハマ」(パシフィコ横浜、2017年4月22日)が開催された(関連記事)。

 基調講演は、オックスフォード大学サイード・ビジネススクール教授のアレックス・ニコラス氏が担当した。ニコラス氏は同スクールで社会起業やソーシャルイノベーションの研究に携わり、社会政策研究分野の権威として知られている。

オックスフォード大学サイード・ビジネススクール教授 アレックス・ニコラス氏(写真:本稿すべて小口 正貴)
[画像のクリックで拡大表示]

 ニコラス氏はまず、「社会福祉サービスに民間のプレーヤーを参加させることで、サービス効果を向上させる。併せてコスト抑制も図る。SIBとはこれまでのように活動自体を支援するのではなく、成果を買うことだ」と端的にSIBの目的を定義した。

 英国では政策レベルでSIBについて議論されており、2015年には保守党のマニフェストでも言及。政府の福祉プログラムに積極的にSIBを活用することを明記した。社会福祉基金の「Lifes Chances Fund」では8000万ポンド(約118億円)を、SIBを含むPayment by Results(PbR、成果型報酬)向けの資金として用意しており、行政がSIB育成のために資金を投入しているという。

世界で74のSIBが成立、アジアや南米でも

 次に世界の動向を紹介。世界初のSIBであるピーターボロ刑務所のプロジェクト*に参画し、Impact Bond Gobal Databaseを公開している英国・ソーシャルファイナンスのデータを引きながら、全世界で74のSIBが成立し、2億7千800万ドル(約307億円)の資金を集め、10万6551人の支援に役立っている(2017年5月初旬現在)と説明した。SIBの導入はG7を中心に進むが、2017年3月には南米コロンビアで若年層の就労支援向けSIBがスタート。アジアや南米でも徐々に動きが見られると解説した。

* ピーターバラと表記されることもある。つづりはPeterborough。プロジェクト期間は2010年~16年の予定だったが英国政府の政策変更により2015年で終了。期間中のKPIは達成し、投資家へは年率3%のリターンがあった。
世界で成立しているSIBの統計(2017年5月初旬現在。出典:ソーシャルファイナンスUK)
[画像のクリックで拡大表示]

 SIBの参加者は、委託者である行政、投資者となる民間資本、実際にサービスを担当するNPOなどのサービス担当者を基本とし、それらを結ぶ仲介役の中間支援組織が参加するケースもある。ニコラス氏は「これらのプレーヤーがすべてそろっていないとSIBは成功しない。そしてすべてのパートナーが機能する契約をきちんと作り込む必要がある」と語り、SIBの仕組みが単純ではないことを強調した。

SIBの概要(経済産業省の公開資料をもとに作成)
[画像のクリックで拡大表示]

 取引コストの問題もある。先述したピーターボロ刑務所のSIBは再犯防止を目的としたものだが、契約を完了するまでに約2年半を費やし、「結果的に大きな取引コストがかかってしまった」とニコラス氏は解説した。

 「さらに、出口となる成果の評価基準(メトリクス)も厳密に定義し、曖昧さを排除することが必須だ。これらを勘案すると、SIBに向くプロジェクト、向かないプロジェクトが当然出てくる。現在多い分野は就労支援、ホームレス支援、児童支援などだ」(ニコラス氏)。

SIBの“4つの神話”を検証する

 ニコラス氏によれば、SIBには

  • 1. 優れた社会的成果を生む
  • 2. 公的資金の節約
  • 3. 民間投資家が儲かる
  • 4. より洗練された社会的インパクト指標である

 という“4つの神話”があるという。この4つの神話について、これまでのSIBの実績をもとに解説した。

 「1. 優れた社会的成果を生む」という点については、ピーターボロ刑務所のケースを挙げ、「対象とするグループの再犯率が8.4%減少した」(ニコラス氏)と一定の成果があったことを認めた。同様に、他の英国での事例、例えばロンドンで実施したホームレス支援、マージーサイドで実施した若年層の教育・就労支援、エセックスで実施した児童支援でも「社会的成果が生まれ、目標を超えた事例もあった」(ニコラス氏)と語った。

 「2. 公的資金の節約」に関しては、ニコラス氏は率直に「非常に難しい」と述べた。「先ほど挙げた取引コストの問題は、SIBの設計自体にカネがかかる矛盾をはらむ」(ニコラス氏)と指摘する。コスト節約の基準をどこに置くのかによっても評価は異なる。「例えば再犯防止の場合、警官や刑務所、裁判官を減らすことがコスト削減につながるが、これは現実的ではない。一方でエセックスの児童支援プロジェクトでは、児童養護施設への入所期間が100日間から90日間に短縮された。これはコスト節約に結びついた例と言える」(ニコラス氏)。

 「3. 民間投資家が儲かる」については、「これは可能。多くの投資家がSIBから利益を得ている」(ニコラス氏)と語る。しかし、成否はSIBのモデルそのものにかかっているという。「投資家の資金をいつサービス提供者に提供し、そしていつから返済が始まるのか。リスクモデル、リターンモデルも多種多様だ」(ニコラス氏)。

 エセックスの児童支援プロジェクトはピーターボロ刑務所のプロジェクトよりもリターンの回収タイミングが早く、魅力が大きかった一方で、米国ニューヨーク市のライカーズ島刑務所の若年層支援プロジェクトでは、成果が上がらず証券大手の米国ゴールドマン・サックスが損害を被った。

 年々SIBの事例が増え、スキームも進化している。「過去の事例を参考に、豪ニューサウスウェールズ州のプロジェクトではハイリスク、ローリスクの2段階オプションを設けるなど、配分の手法も進化してきている」とニコラス氏は最近の動きも併せて報告した。

 「4. より洗練された社会的インパクト指標である」という点に関しては、「数多くの評価基準があり、しっかりしたものもあれば、そうでないもののある。正直、分からない」(ニコラス氏)のが現状だ。これら“4つ神話”の分析を通じてSIBの長所・短所を洗い出した上で、ニコラス氏は次のようにまとめた。

 「SIBを活用して民間資金を呼び込めるのは重要なポイントだ。行政の資金だけで担当できないサービスがある場合には、SIBは大きなチャンスをもたらしてくれる。そこには、公民全体の利益を一致させるポテンシャルがある」

社会投資家は「なぜ自分がこの投資を行うのか」を強く伝えるべき

 続いて英国の公共サービスシンクタンクであるOPMから、事業開発マネージャーのチー・ホーン・シン氏が登壇。「世界にSIBが拡大しているのは歓迎すべきだが、どの国でもローカライズに手間がかかる。社会的セクターの規模や構成が異なるのだから当然のことだ」と、SIB普及に向けた課題を指摘した。

英国OPM事業開発マネージャー チー・ホーン・シン氏
[画像のクリックで拡大表示]

 英国政府はガバメントアウトカムラボ(Government Outcomes Lab)を擁し、「SIBの成果に適切な価格をつけるため、政府自身がエビデンスのデータベース化に注力している」(シン氏)。600以上の成果を含むこのデータベースは無料で利用可能で、SIBの意志決定や計画づくりに使えるという。

 さらに社会投資の税控除制度もあり、個人投資家を社会投資市場に惹きつける政策も備える。こうした“SIB先進国”の政府支援策を紹介しながら、「日本でも内閣府などハイレベルな機関が戦略的にコミットしていると聞く。より政策的な議論を深める必要があるのではないか」(シン氏)とアドバイスした。

 その後、ニコラス氏、シン氏によるディスカッションの時間となった。モデレーターはSIBに造詣が深い慶応大学名誉教授/明治大学経営学部 特任講師の金子郁容氏が務めた。

慶応大学名誉教授/明治大学経営学部 特任講師の金子郁容氏(左)がモデレーターを務めたディスカッションの様子
[画像のクリックで拡大表示]

 まずは「背景の異なるプレーヤーたちを誰が率先して束ねるのか?」という金子氏の問いから。これに対しニコラス氏は「キープレーヤーには誰でもなれる。サービス提供者が牽引してもよい。やり方が決まっているわけではない」と回答した。

 一方のシン氏は「委託者、すなわち行政がキープレーヤーだ」とした。なぜなら「サービス提供者から始めることも可能だが、彼らが設計して行政の許可を得ようとしてもうまくは行かない。行政の最上層の関係者が理解できるような、トップレベルの承認が重要」(シン氏)だからである。

 シン氏は、参画したエセックス児童支援のSIBから学んだこととして「開発段階ではパートナーシップが必要。ステークホルダー同士でオープンに会話して信頼関係を深めた」との体験談を披露。中でも社会投資家は“儲けることが目的ではないのか?”と見られがちなことから、「なぜ自分がこの投資を行うのか、それを強く伝えて最初から密な関係づくりをすることが大事だ」(シン氏)と語った。

この記事のURL https://www.nikkeibp.co.jp/atcl/tk/PPP/report/060500054/