リポート

記事一覧

森林セラピーを企業研修に、智頭町と事業者が共同開発

面積の93%を占める森林資源を活用

赤坂 麻実=ライター【2017.4.13】

智頭町の「森のビジネスセラピー」パンフレット。同町では2010年3月に「智頭町森林セラピー推進計画」を策定。最近では企業向けの研修に力を入れている(資料:智頭町)
[画像のクリックで拡大表示]

 人口約7400人、鳥取県の内陸部に位置する智頭町は、面積の93%を森林が占める。降雨・降雪の多い気候ならではの深い緑と渓谷の美しさが特徴という。同町ではこの天然資源を生かし、森林セラピーを活用した企業研修プログラムを民間企業と共同で開発・推進している。

 事業推進のパートナー企業は、地方拠点でのIT業務の請負や地域活性化の支援に取り組むLASSIC(鳥取市)と、人材育成事業やヘルスケア関連事業を手掛けるルリエ(智頭町)だ。2015年にそれぞれ事業連携協定を結んでいる。

 研修プログラム内容は、森林セラピーと地域の仕事の手伝いや、民泊(農家民宿)などを組み合わせたもの。メンタルヘルス不調者の回復や、チームビルドの促進、ワークライフバランスが偏っている人に余暇の使い方のヒントをもたらすなどの効果を狙ったものだ。

 智頭町は2017年3月23日、これまでの取り組みを報告するセミナーを都内で開催し、町長や連携企業、利用企業が講演した。

研修誘致で地方への人の移動を促す

 町長の寺谷誠一郎氏は、「いよいよ田舎の出番」と気勢を上げた。「東京一極集中の状況により、特に首都圏で働く30歳代から50歳代がストレスを抱えている」との認識で、そうした人々を智頭町での森林セラピーで助けたいという。「田舎で深呼吸をしてリラックスして帰ってもらえたら」。

智頭町長の寺谷誠一郎氏。「これまでは東京から地方へ文化が伝わったが、これからは東京が地方から学ぶ時代になる」と熱弁をふるった(写真:赤坂 麻実)
[画像のクリックで拡大表示]

 森林浴は一般に、「ストレスホルモン」と呼ばれるコルチゾールを減らしたり、副交感神経を優位にしたり、血圧や脈拍数を抑えたりする効果が期待できるとされている。同町の森林セラピーのプログラムでは、アミラーゼ検査や指尖脈波の測定でストレスチェックを行い、心身への効果を検証するオプションメニューも用意している。

 智頭町では、森林セラピーを活用したメンタルヘルスケア研修など、企業向けの研修事業を新たな産業に育てる考えだ。こうした研修を導入する企業が国の補助を受けられるよう、関係省庁に働きかけていくという。また、智頭町の「森のようちえん」(自然体験活動を基軸にした子育て・保育、乳児・幼少期教育の総称。智頭町では特定非営利活動法人智頭町森のようちえんまるたんぼうによる活動が行われている)の分校を東京近郊に設け、1年に1回は児童と両親が智頭町の本校を訪ねる仕組みをつくる構想も示した。寺谷町長は「政府が推進する地方創生は、こうした研修などで人の移動を促してこそ成り立つはず。数年後には人材研修の取り組みを鳥取県全域に広げたい」と意気込みを語る。

心身の健康増進やチームビルドに有効、効果検証に睡眠ログ

 智頭町での企業研修は、大きく分けて2種類。1つは、メンタルヘルスが不調の社員の復調を目的とした研修。もう1つは、残業や休日出勤が多い社員のワークライフバランスの見直しなどを目的とした研修だ。

 前者は1泊2日を基本とし、森林セラピーを中心としたもの。後者は2泊3日を基本とし、間伐や雪かきなどの地域貢献活動や、パンづくりや味噌づくり、狩猟の手伝いといった「田舎仕事」の手伝い、民泊、自然食、森林セラピー(冬季はスノーシューを使った雪山ハイク)などのカリキュラムを盛り込む。また、智頭町滞在から1カ月後に東京で行うワークショップもセットにして、生活改善の進ちょくを確かめる。

指先の脈波を測定して、ストレスやリラックス度などをチェック(写真:赤坂 麻実)
[画像のクリックで拡大表示]
1泊2日の研修プラン例。携帯電話やコンビニを極力使わず、森林セラピーや地元産の食材を使った栄養バランスの取れた食事で英気を養う(写真:赤坂 麻実)
[画像のクリックで拡大表示]
 
ワークライフバランスの見直しを目的とした2泊3日の研修では、味噌作りやパン作り、狩猟の手伝いといった「田舎仕事」の手伝いも研修プランに組み込んでいる(写真:赤坂 麻実)
[画像のクリックで拡大表示]
ワークライフバランスを見直す「ビジネスセラピー」の構成と狙い(写真:赤坂 麻実)
[画像のクリックで拡大表示]
 

 森林での研修が心身の健康に及ぼす効果を測定する方法としては、睡眠の記録を試験的に導入している。いわゆるワーカホリックの人やその予備群は、平日と休日の睡眠時間にギャップができる傾向にある。週末に睡眠時間を長く取りすぎることにより、体内時計が乱れて週明けに体調を崩し、中長期的には糖尿病や心疾患のリスクを高めてしまう「社会的時差ボケ」に陥りやすい。「森林での研修によって、休日も『寝だめ』をするのではなく、充実した時間を過ごせるようになれば、その傾向が改善されるはず」(LASSIC地域振興部シニアコンサルタントの佐久間高広氏)と、仮説を立てて計測している。

 具体的には、帝人が提供するスマホ向けアプリ「フミナーズ睡眠コーチ」で睡眠の記録を取るとともに、医学的に認められた内容のアンケートも合わせて実施している。実証実験は始まったばかりで被検者は18人と少ないが、休日の寝だめ傾向が軽減されるなど、時間の使い方に良い傾向の変化が見られるという。LASSICでは今後、エビデンスの蓄積・分析を進めていく。

 森林を活用した研修には、メンタルヘルス不調者の減少だけでなく「人材定着率の向上といった効果が期待できる」というのは、智頭町で研修事業を展開しているルリエ代表取締役の松本章太氏だ。その理由について松本氏は、「森林での研修は、参加者同士でおのずと声かけが必要になったり、自然に会話が生まれたりする内容が中心。チームで共通体験ができるので、参加者同士の結束力が高まる。例えば新入社員研修などに導入すれば、同期同士の絆が深まり、会社へ戻っても社員同士で相談しやすい雰囲気が続く」と説明する。また、研修の参加者=メンタルヘルス不調者というレッテル貼りにつながらないよう、入社から10年目までの間で7回程度、定期的に研修を行うのが理想であるとした。

 ルリエは智頭町の廃校舎を本社オフィスに転用しているが、この廃校オフィスも企業研修に活用している。今後は、都会のオフィスに設置できる森林体験ブースも今後販売する予定だ。智頭町の間伐材を使った木製ブースで、森の音や香りをセットにし、植物や蝶の育成も可能という。

働き過ぎの社員がワークライフバランス見直すきっかけにも

NTTデータシステム技術で産業カウンセラー/キャリアコンサルタントを務める若林鯉佐氏(写真:赤坂 麻実)
[画像のクリックで拡大表示]

 NTTデータシステム技術(東京都中央区)は、残業や休日出勤の多い社員を対象に、智頭町での研修を導入している。情報システムサービスを提供する同社は、社員の9割がシステムエンジニアで、その多くが顧客の事業所に常駐している。同社では「一般的な企業よりもメンタルヘルス不調者が多かったため、2013年4月から会社として従業員のメンタルヘルスの改善などに取り組むようになった」(同社総務部の産業カウンセラー/キャリアコンサルタントである若林鯉佐氏)という。

 しかし、不調者を手厚くケアすると、対象者の状態は改善するものの、新規の不調者が出るのは防げない。これを受けてメンタルヘルス不調予備軍のケアを強化すると、今度は再発者が増えたりしたという。「モグラたたきのような対策ではダメだと分かった。元気な従業員をより元気にする0次予防が必要」(若林氏)との考えで、働き方改革研修や家族参加型イベントなど各種施策を取り入れた。

 こうした取り組みにより、同社は2015年に1人当たりの年間労働時間を前年比で73時間減らすことに成功したが、時間外労働が多い状態が改善されなかった人も一部見られた。そこで「当人が働き方を見直すことが大切」と、智頭町での研修を導入した。2016年10月~2017年2月に2泊3日の「智頭町留学」を3回実施し、各回6人が参加した。結果、参加した社員から「規則正しい生活で体調が良くなった」「人の役に立つ喜びを知った」「頑張り過ぎない仕事のやり方を学んだ」といった声が聞かれた。

 NTTデータシステム技術では今後もこの研修を継続すると共に、0次予防だけでなく、メンタルヘルス不調者向けにも智頭町での研修を導入していく考えだ。「社内のメンタルヘルス不調者同士で顔を合わせると気づまりに感じる人もいるかもしれないので、NTTデータグループの他社と共同で実施するなど、工夫の上で導入したい」(若林氏)という。

この記事のURL https://www.nikkeibp.co.jp/atcl/tk/PPP/report/040600044/