食育先進都市、バークレー

記事一覧

学校を起点に地域の「食」を変える、アリス・ウォータース氏

地産地消、オーガニックの“レジェンド”が食育を語る

聞き手:高橋 博樹 構成:黒田 隆明【2017.6.19】

 地元農家が育てたオーガニックな野菜、自然飼育の肉、サステナブルな漁法で獲った天然の魚を使い、素材の良さを生かした料理を供する。その日の仕入れに合わせてメニューは1種類だけ――。1971年に米国カリフォルニア州バークレー市でオープンしたオーガニックレストラン「シェ・パニーズ」は、米国一予約が取りにくいと言われるほどの人気レストランだ。

 オーナーシェフは、アリス・ウォータース氏。地産地消、オーガニック、スローフードの普及に大きな影響を与えていることとも相まって、“レジェンド” と称されることもある人物だ。

アリス・ウォータース氏(写真:宮原 一郎)
[画像のクリックで拡大表示]
サンフランシスコ郊外のバークレー市にある「シェ・パニーズ」外観。古い民家を改装して1971年にオープンした(写真:宮原 一郎)
[画像のクリックで拡大表示]
「シェ・パニーズ」の客席(写真:宮原 一郎)
[画像のクリックで拡大表示]
シェ・パニーズでは「隠すものは何もない」ということで調理場もオープンに(写真:宮原 一郎)
[画像のクリックで拡大表示]

 そんなウォータース氏が特に力を入れている活動が、「エディブル・スクール・ヤード(食べられる校庭、以下、ESY)」だ(関連記事)。校庭の一部をオーガニック菜園に転用し、そこで生徒が野菜を育て、調理して皆で食べる。菜園とキッチンには、それぞれに専任の教師を置く。子どもたちは、育てて食べるプロセスの中で、自分が食べるものがどのように育つのか、調理法はどのような来歴を持つのかなどについて学んでいく。皆と一緒につくり、皆で食べる喜びも知っていく――。そんな多面的な食育プログラムだ。

[画像のクリックで拡大表示]
[画像のクリックで拡大表示]
バークレー市のマーティン・ルーサー・キング・ジュニア中学校でのESYの授業風景。同校でのプログラムの運営はアリス・ウォータース氏が設立した財団、the Edible Schoolyard Projectが担当している(写真:Erin Scott Photography)

 1995年にバークレー市のマーティン・ルーサー・キング・ジュニア中学校で始まったESYのスキームは、荒れていた中学校の校風が劇的に変化したことから、バークレー市内、そして全米に広がっていった。今では、世界各国5400カ所以上で “食べられる校庭”が導入されている。

 「持続可能な農業」「地産地消」を起点に、地域社会の在り方に大きな影響を与え続けるアリス・ウォータース氏の“おいしい革命”は、日本で地域活性化を進めていくうえでも大きなヒントになりそうだ。

 次ページより、アリス・ウォータス氏へのインタビューをお届けする。

「いつでもどこでも食べられる」わけではない

(写真:宮原 一郎)
[画像のクリックで拡大表示]

――“おいしい革命”とは、どのような考え方、活動なのでしょうか。

 とても簡単にできることです。簡単に達成できること。

 まず最初にお伝えしたいのは、“おいしい革命”は、本で学ぶものでも、哲学的なものでもないということです。その方向に歩みを進めればすぐに、おいしいものをつくるとても興味深い人たちに出会うでしょう。そして、地域だけでなく、農業を行っているコミュニティとつながっていきます。私にとってそれは、毎日の仕事の上でとても大きなエネルギーになっています。毎日ワクワクしています。

 人は誰しも、自然に触れたい、仲間と一緒に料理をつくり、食べたい、子どもを巻き込みたい、世界の状況を知りたいという気持ちを持っていると思うのです。だからこそ、そこにアプローチすることで、皆が反応するのです。

 そしてそれは、自然のリズムに立ち戻ることであり、とても美しいことでもあります。日本の人々は、旬や多様性の美しさを知っていますから、すぐにその感覚につながることができるでしょう。

――旬が大事なのですね。

 とても大事。一番大事なことです。今の米国のファストフード文化の中では皆、「いつでもどこでも食べられる」と信じていて、旬や多様性を尊重しません。それは農業システム全体に害を及ぼしています。なぜならそれは自然に反することだから。人々は常に旬ではない果物や野菜を食べているから、いいものが出てきても、それらに興味を示さないのです。

――そうした中で、人々にスローフードへの理解を深めてもらうのは大変そうです。

 本当にとても大変でした。なぜなら学校教育の中でファストフード文化が子どもたちに教え込まれるからです。早い方がいい、多い方がいい、いつもある方がいい。画一化していること、統一されていることがよしとされ、「時は金なり」という考え方を教えられています。

 その中で育った子どもたちが、食べものに恋をしたり、習慣を変えたりするのはとても難しいことです。それは私たちの体に害を及ぼし不幸せにしたり、人生の中で自分に良くない選択をしたりする原因になっています。だから、学校から始める必要があるのです。まだ子どもたちが小さいうちからの食育が大事なのです。

「おいしさ」で人々の興味を引く

(写真:宮原 一郎)
[画像のクリックで拡大表示]

――それは文化をつくるということでしょうか?

 新しい関係性をつくることです。食べものを通じてスローフードの価値を教えること。学校菜園はその大事な最初の一歩となります。 私はモンテッソーリ教育(イタリア人医師のマリア・モンテッソーリが20世紀初頭に提唱。自立した子どもを育てる教育法)の教師をしていましたから、実践を通じての学びを信じているのです。思考は五感から生まれるものです。目、鼻、耳、口、触れることから私たちは情報を集めます。世界に対して五感を開くことが大切です。でも、ファストフード文化では五感が閉ざされてしまっています。

 モンテッソーリの重要な考え方の一つにこういう考えがあります。子どもに悪い習慣がある時にはそこには焦点をあてず、新しい、より興味深い代替を提示する。彼らがそれに惹かれてくると、変化が起こります。悪いことに注意を向けるのではなく、彼らの興味を勝ち取るのです。

 スローフードも同じ考え方です。「おいしさ」で人々の興味を引こうとしているのです。

――「おいしい革命は簡単だ」というのは、そういうということなのですね。

 その通りです。それを味覚で感じるのは簡単なことです。そしてもっと食べたくなります。

――スローフードの定義の一つに地産地消があると思いますが、それについての考え方を聞かせてください。

 地産地消ともう1つ、最も重要なことは、オーガニックであるということです。地産地消か有機かの二者択一ではないんです。地元のものでも、大量生産されていたら意味がありません。地元で持続可能な形で行われている小規模農業を大切にしようということです。

 それはシェ・パニーズで私たちがやろうとしてきたことでもあります。私たちは一人の農家を完全にサポートしています。彼に必要なものをすべて支払ってきました。以前は彼に「こんな野菜を植えてほしい」と頼んでいましたが、いまでは彼が「こんな料理にするように」と言ってくるようになっています。また、キッチンからの生ゴミはすべて堆肥として畑に戻っていきます。素晴らしい関係です。

――ESYは、子どもたちがこうした関係性への理解を深めることにもつながりそうですね。

 まずは学校から始める必要があるのです。私たちは次世代に変化を生もうとしています。(中学校で)ESYに参加する子どもは11~13歳ですが、彼らは自分の考えをとてもしっかり表現します。彼らは世界で起きていることを分かっているし、とても心配もしています。そして正しいことをしたいと思っている。どんな食べ物を食べるか、誰から買うか。彼らは自分で選択できることを知っています。そして料理の仕方も身につけている。大人と同じように彼らと接することが大切です。

自分たちで食べ物を栽培して料理すると食べる

(写真:宮原 一郎)
[画像のクリックで拡大表示]

――ESYの取り組みは、コミュニティにどのような影響を与えていると思いますか?

 重要な点は、ESYの中に文化を取り入れることです。つまり世界的な理解を持つことが大事なのです。スペイン語を教えつつ、メキシコ料理を食べ、メキシコの文化を学ぶ。シルクロードのインドの歴史を学びながら、チャパティとレンズ豆の料理をつくり、その場所について学ぶのです。

 私は子どもの頃、お母さんの友だちが買ってきてくれたお箸や、持っていた着物、小さな器を見ながら日本に興味を持ち、それによって日本に行きたいと思うようになりました。そういう経験を学校で与えなくてはいけないのです。

 自分たちの国の伝統だけではなく、世界の伝統を学ぶことが大切です。なぜなら私たちはつながっているから。私たちは起きていることに興味を持たないといけない。今は、米国でアフリカの音楽を聴いて、リアルタイムでそれにつながることもできます。干ばつを経験している世界の別の土地の人と、どう干ばつを乗り切るかについての会話もできます。世界的視点が農業の一部になくてはいけません。

  こうしたことはすでに起こり始めているけれど、学校を通じてそれらを体系化して、文化としてサポートをしていくことが重要です。地方のコミュニティは、外とのコミュニケーションがあまりないため、人々は面白いことは畑ではなくすべて都会で起こっていると感じてしまう。そこで国際的な教育が重要なのです。

――ESYに続いて、学校給食の改革も進めていますね。

 地産地消は、学校でできることがたくさんあります。一年間ある農家にコミットしてサポートをすることで、野菜が毎週家に届くCSA(コミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャー)というシステムがあります。それを学校給食でできると思っているのです。

 その条件としては、まずオーガニックな野菜を地域の農家から買うこと。大事なのは学校と農家との間に直接的なつながりができることです。農家の生活を学校がサポートできること、食べ物をつくるうえでのすべてのコストをカバーする賃金を払ったり、彼らの生活を支える関係性をつくること。梱包はいりません。そして仲介業者もいりません。農家から学校への直接的な関係です。

――ESYの活動を通じて、これまでに最も感動したことは?

 22年間この活動をして学んだのは、子どもたちは「自分たちで食べ物を栽培して料理すると食べる」ということ。ESYに来る子どもの中には外で遊んだ経験のない子もいます。けれど、栽培するとほとんどの子が食べる。料理するとほとんどの子が食べる。そして、育てて料理するとすべての子が食べ、それを好きになる。この経験は人を変えます。それが私の生きがいになっているし、この方法は正しいと分かる。かれらにとって一生ものの変化が生まれるのです。子どもが自然に恋をするのです。

――それによって地元への愛着も生まれると思いますか?

 もちろん。花や木の名前を知り、自然が友だちになることによって、「何が食べられるかな」と周りを見渡すようになる。四季の変化に気付くようにもなる。そのことが人生に意味を与えてくれるのです。変化や成長、死は人の人生のメタファーになります。私たちは自然であり、深い部分でつながっているのです。それを理解するのは大切なことです。私も、いつも周りを観察しています。

モデルをつくり、若い人を巻き込む

バークレー市シャタック通りの「シェ・パニーズ」。いくら人気が出ても支店は出さず、この地で45年以上続いている(写真:宮原 一郎)
[画像のクリックで拡大表示]

――ところで、アリスさんはずっとずっとバークレーに住み続け、シェ・パニーズも支店を出さずにずっとここでレストランを続けています。バークレーはアリスさんにとって特別な場所なのでしょうか。

 「バークレー人民共和国」だから(笑)。私がここに住むのは、ここに住む人と多くの価値を共有しているからです。私にとってのサポートシステムなんです。

 私はいろいろな場所に行き、世界中で講演をしますが、1つでいいからレストランとしてできる限りのことをするのはとても大事なことです。バークレーでESYをモデルとして最高のものにすることも大事。私は同時にいろいろな場所には存在できません。自分の人生で好きなのは、1つの場所にいることで、常にそこにいることができること。1つの場所でできることは、たくさんあるのです。

 レス・イズ・モア。スローフードの重要な価値観です。

――友達を喜ばせたくてレストランを始めたとお聞きしています。

 私がこのレストランを通じてやろうとしているのは、人の無意識の中で、五感を通じて「この場所にはおいしいものがあるらしい」と感じてもらうこと。みかんをテーブルでむいてもらったり、オーブンの火の匂いがダイニングに漂ってくるようにしたり、花を飾って美しい場をつくったり――。みんなが驚くような形でお客さんに料理を体験してもらいたいのです。インフォーマルなレストランをつくりたい。キッチンに気軽に入ってきてほしいし、それによってレストラン業の神話を崩したい。誰にでも簡単にできると感じられるように。

 また、今の時代には、メニューに産地を書いたり、生産者に光を当てたりすることはとても重要だと思います。そして収穫のお祝いをすること。そこで私たちは毎年7月にニンニク祭りをしています。再び農業の伝統に光をあて生き返らせる必要があります。そこに従事している農家の人たちの大変な労働への認識が大事なのです。

(写真:宮原 一郎)
[画像のクリックで拡大表示]

――ESYやシェ・パニーズの考え方や取り組みは、日本でも地域活性化のヒントになりそうです。

 米国でも同じこと(持続可能な農業を地域活性化に結び付けようとする動き)が起こっています。実際、ルイジアナでも米国農務省農村地域開発局がスローフードのイベントに来て、「地方経済を活性化するために学校に焦点をあて、学校で地産地消をすることは連邦政府の助成に値する」と言っていました。日本でも同じことを考える人がいても不思議ではありません。

 一番大事なことは、モデルをつくること。1つの学校でも、いくつかの学校でも、それができるということを見せるのです。そこで何が起きているかを人々が見れば、信じることができるでしょう。それから、プロジェクトに若い人を巻き込むことも大事です。

 もしESYのモデルがもっと世界に広がるとしたら、その可能性が一番高い国は、日本やフランス、アイルランドやイタリアだと思います。なぜなら農業の歴史や食の長い歴史があり、政府が一定基準を持って学校運営をしていて、やる気のある若者がいるからです。もし日本でできたら、世界の中でのすばらしいモデルになると思います。

この記事のURL https://www.nikkeibp.co.jp/atcl/tk/PPP/061700061/061700001/