人口は減っても元気なまちづくり

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第6回 和歌山県有田川町――民間・若者が中心となり“日本のポートランド”を目指す

佐保 圭=フリーライター【2017.7.4】

和歌山県有田川町(ありだがわちょう)のまちづくりが注目されている。理由は、住民がまちの活性化に積極的に参加していること。とりわけ2年前にポートランド型のまちづくりを導入してから、若者や女性を中心としたまちづくりが活発化し始めた。大都市の郊外地域でもない地方の町が、若者や女性を中心とした住民参加型の活気あるまちづくりが行えるのはなぜか。また、世界的なまちづくりの成功例である米国ポートランド市(オレゴン州)が注目し、積極的に支援するのはなぜか。そこには、突出した観光資源も産業基盤も持たない地方自治体が、人口減少を食い止める取り組みを成功させるうえで、大きなヒントが隠されていた。

 米国オレゴン州北西部にあるポートランド市は、50年前には「全米一空気が悪い町」と言われていた。しかし、自然と共生するまちづくりを行政と住民が一体となって進めた結果、現在は「全米で最も住みたいまち」と言われ、週に何百人もの移住者がくる町となり、世界中から熱い視線を浴びている。

 日本の地方自治体で、ポートランド市を模範として地域の活性化を図る例は少なくない。しかしその中で、有田川町の取り組みの特筆すべきポイントは、2つある。1つは、人口およそ60万人の都市であるポートランド市が、人口約2万7000人という小さな有田川町のまちづくりに積極的に協力している点。もう1つは、有田川町が、ポートランドに学ぶことをあくまでも数ある取り組みの1つに位置付けている点だ。

ポートランドの職員を招いた町民シンポジウムの様子(写真:有田川町)
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日本の棚田100選に選ばれた「あらぎ島」。有田川町のシンボル的な景観だ(写真:佐保 圭)
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 この2つの特徴の背景には、有田川町がポートランド市のまちづくりに出会う以前から、両者に共通点があったからだ。言い換えれば、有田川町には、すでにポートランド方式のまちづくりを導入できる土壌が整っていたのだ。

林業とみかんのまちが、環境と教育と子育て支援に注力

 有田川町は、2006年1月、吉備町、金屋町、清水町が合併して誕生した。

 山間地の傾斜を利用した観光名所の水田「あらぎ島」がある清水町は、主産業である林業が盛んだった昭和30年代末には人口約1万3000人と3町のなかでも一番人口の多い町だったが、林業の衰退とともに減り、現在、同地域の人口は4000人を切り、過疎化に悩まされている。

 金屋町は、全国的にも有名な「有田みかん」の産地として、昔もいまも比較的安定した町である。

 昭和30年代末には人口が1万人を切っていた吉備町は、20〜30年前に、共同印刷、無線機器のアイコム、ホシデンなどの大手企業の工場を誘致し、3000人ほどの雇用を生み出した。1984年には同地区に阪和自動車道の有田インターチェンジ(当時は吉備IC)ができ、,JR西日本の藤並駅が2008年に特急停車駅に昇格し、特急で和歌山駅まで30分以内、新大阪駅まで1時間30分でアクセスできるようになった。こうして交通の要衝としても発展し、人口は約1万5000人にまで増えている。

 これら3町が合併した有田川町の初代町長となったのが、合併前の吉備町の町長を務めていた現有田川町長の中山正隆の氏だった。

中山正隆町長(写真:佐保 圭)
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 現在、3期目となる中山町長は言う。

 「若い人に住んでもらおうと思ったら、環境と教育と子育て。この3つが大切です」

 この言葉通り、中山町長は10年前の就任時から、環境と教育と子育て支援に注力してきた。まずは、それぞれの取り組みについて見ていこう。

環境への取り組みで収益を生み出す

 有田川町の環境への取り組みの特徴は、町の財政に負担をかけず、逆に、環境事業で収益を上げている点だ。

 たとえば、ゴミの回収。20年ほど前の旧吉備町時代からごみの分別を徹底させることにしたが、町議会では「なんでこんなに分けなあかんのや。ほかの自治体では分けてない」という質問も出たという。しかし、補助金を出して、各地区にゴミステーションを設置。ペットボトルなら、キャップとラベルを外し、中を洗ってからという出し方を徹底した。

 合併当初、町は、資源ごみ収集運搬処理業務に年間3200万円を支払っていた。しかし、分別を徹底したことによって資源ごみが評価され、逆に12万円の収益が上がった。「いまでは3年契約で620万円いただいています。資源ごみがすぐに使える質の高いものだったからで、住民の協力があってこそです」と中山町長は胸を張る。

 風力発電に取り組み始めたのは、合併以前の1992年からだった。最初は当時の吉備町が出力230kWの小さな風力発電機をシンボルのように設置していた。これは老朽化による故障で3年前に解体されたが、その後、同地には民間の事業者からの申し込みがあり、2009年12月、「ユーラスエナジー有田川」が風力発電の操業を開始。現在、10機の巨大な風力発電が山の尾根で巨大なプロペラを回している。「借地料をもらっているうえに『稼働率がよくて儲かっているから、まず3年間、毎年100万円を使ってください』と提示されました」(中山町長)。

有田川町の山の尾根で勢いよく回る風力発電(写真:佐保 圭)
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 極め付けは、二川(ふたがわ)ダムの維持放流水を活用した小水力発電だ。

 「ある役場職員が合併前からアイデアを温めていたんです」と中山町長が語るように、職員は自分で研究を重ね、詳細な試算まで行っていた。これをみると1年間で4000万円ほど売電収入が上がる計算になっていた。

 しかし、発電所設置は一筋縄ではいかなかった。二川ダムのすぐ下流の環境改善に必要な「維持放流」を行うため、和歌山県は14億円かけて、毎秒0.7トンの水が維持放流される設備を建設した。この維持放流水を利用したいという有田川町に対して、和歌山県は、工事費用の一部を負担するよう求めたのである。その額は「当初4億円。結局、しかし交渉の末に1000万円で落ち着いた」(中山町長)。

 小水力発電設備総事業費は2億8600万円で、全額町費で賄った。

二川ダムの維持放流水を利用した町営の小水力発電所(写真:佐保 圭)
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 2016年2月、最大出力199kW、有効落差35.4mの小水力発電所を稼働させたところ、嬉しい誤算となった。「実際の売電による売り上げは年間5003万円でした。20年間の契約ですが、初期投資は6年間で大部分償却できます。議会もいまは『大ヒットや!』って喜んでくれています」(中山町長)

 2017年2月、この小水力発電は、新エネルギー財団の平成28年度新エネ大賞において資源エネルギー庁長官賞を受賞した。

学校や図書館設備を充実、教育から子育て支援につなげる

 「経験からいうと『お金がないから、やめておこう』というのが一番悪い発想やと思います」。そう真剣な表情で語る中山町長の町政の特徴は、たとえ目に見える“回収”のメドがなくとも「教育」と「子育て支援」には町からのお金の投入を惜しまない点だ。

 有田川町長になってすぐ、中山町長が保育所も含めて学校に冷房を入れ始めた頃には、まだ国からの補助金がなかったという。「昔と違って、いまは家にクーラーが入っている。それなのに、南向きの窓の大きな鉄筋校舎では、夏なんかほんまにたいへんやと聞いたんで、やっぱり環境をよぉせな、成績も上がらんということで、冷房を入れた。おかげで小、中学校では、40日間の夏休みを10日間短縮して、プログラムを増やして授業ができるし、子どもたちは給食も全部食べるから、先生も喜んでます」(中山町長)。

 1969年の建築で耐震化が課題となっていた吉備中学校も3年前に42億円かけて改築した。「普通は『耐震補強で済まそう』という発想やけど、この際、思い切ってやった。議会も含めて『教育は大事や』という認識があるから、大きな反対はなかった」(中山町長)。

 教育現場の自主性も重視している。「県下でどこもやってないと思いますが、年に1度、小、中学校の全校に『こんな授業をやりたい』というアイデアを募集して、採用された各学校に『独自に自由に使いなさい』って、予算1000万円のうちから分配しています。たぶん、そんな自治体は、県下にはないと思います」(中山町長)。

 子育て支援にも力を入れている。学童保育を充実させ、中学生まで医療費は無料だ。

 教育と子育て支援を重視する象徴的な例が「図書施設」による取り組みだ。

 『有田川ライブラリー』と呼ばれる4つの図書施設があり、それぞれ連携しながら、町民が家族で楽しめるコミュニティスペースを形成している。

 中心となるのが、2009年にオープンした有田川町地域交流センター「アレック(ALEC: Aridagawa-cho Longlife Education Center)」だ。

有田川町地域交流センター「アレック」は、「本のあるカフェ」をコンセプトとする図書施設で、いわゆる「図書館法の図書館」ではない(写真:佐保 圭)
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 アレックは、建物の面積が約2300平方メートル、サークルテラスと芝生広場、駐車場など全体面積は約1万2800平方メートルの図書施設で、一般書は約4万冊、マンガの蔵書も約4万冊を誇る。館内にはBGMが流れ、カフェでお茶やランチを楽しみながら読書ができて、館内での会話も、幼い子どもたちが駆け回るのもOK。屋内ステージでは落語などのイベントも行われ、地域の交流の場となっている。屋外でも、コンサートや地域の盆踊りなどが活発に行われている。また、年に一度『有田川町絵本コンクール』が開催され、プロ・アマを問わず毎年200作近くの応募があり、アマチュア入賞者がコンクールをきっかけに絵本作家デビューした例も出ている。

 2008年3月リニューアルされたJR紀勢本線(きのくに線)の藤並駅には、有田川町ちいさな駅美術館「Ponte del Sogno(ポンテ・デル・ソーニョ)」がある。

 定期的に絵本の原画を展示し、約2000冊の絵本の蔵書があり、子どもたちや地域住民の憩いの場となっている。有名絵本作家のおはなし会やサイン会も行われ、週に1回、有田川町の女性が集まり、子育ての悩みなどを語り合う会も続けられている。

ちいさな駅美術館「Ponte del Sogno」(写真:佐保 圭)
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 金屋図書館は、町内の児童向け図書サービスの中心となる図書館として、児童書、子ども向けの調べものの資料・図鑑が充実し、子どもを対象としたワークショップなども開催される。

 有田川上流の清水地域にある八幡中学校内の図書室『しみず図書室』には、児童書から一般書までがそろっている。

 これら4つの図書施設で頻繁に催されるイベントの中には、町民主導で行われるものもあり、教育と子育て支援、町民の憩いの場の提供だけでなく、まちの暮らしの向上と活性化の取り組みに住民が積極的に参加・参画する機運の醸成にもつながっている。

まちの将来を担う若手が「自分ごと」として参画

 教育と子育て支援には投資を惜しまず、町民視線から積極的な取り組みを展開してきた中山町長は「そういうことが、やっぱり、効いている」と語る。この中山町長の言葉どおり、この教育と子育て支援の取り組みは、町の人口減少の食い止めにも影響を及ぼしているように思われる。

 有田川町の人口は、1955年が4万1529人(吉備町、金屋町、清水町の合計)、1975年は3万1311人(同)、1995年に2万9703人(同)、2010年には2万7162人(ここまでの数値は国勢調査より)、2017年4月30日現在は2万7019人(有田川町発表)と減り続けてきた。

 人口減少の原因の1つとして、町内に大学を持たない有田川町では、主に進学・就職による若年の大幅な転出超過が続くことが挙げられる。実際、2000年以降、純移動はずっとマイスだった。

 しかし、住民基本人口に基づく推計値では、2010年から2015年にかけて、20歳代から40歳代前の転入超過が大幅に回復し、全体として純移動が再びプラス(社会増)に転換した。

有田川町の人口増減(有田川町作成「人口ビジョン」より)
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 「一昨年から、和歌山県の企画課で1年間の人口動態をやっていますが、2015年度の有田川町の人口は社会増が59人。2016年度は社会減で9人。県下での社会減の少なさは2番目か3番目です」(中山町長)。

 そんな有田川町にも、3年前、衝撃的なニュースが飛び込んできた。2014年5月、日本生産性本部の日本創成会議・人口減少問題検討分科会(座長・増田寛也元総務相)が「消滅自治体リスト」を発表し、若年女性人口が2040年までに半数以下に減る896の自治体は「消滅可能性自治体」と呼ばれ、有田川町もその1つに挙げられていた。

 このときから、有田川町では「若者と女性を増やすこと」が喫緊の課題となった。

 2014年12月、石破内閣府特命担当大臣が記者会見で「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の臨時閣議での決定を発表し、各地方自治体でも「地方版総合戦略」を作り上げてほしいと訴えた。

 有田川町では、県主催の会議に参加するなどの準備・研究期間を経て、2015年5月、「有田川町 まち・ひと・しごと創生総合戦略」の作成がスタートした。

 この作成作業で中心的役割を果たした有田川町役場 総務政策部 企画財政課の高垣昌弥氏は、当時をふり返る。「まず町長のところに行って『40歳以下のメンバーで総合戦略の叩き台をつくらせてください』とお願いしました。2040年、2060年の人口ビジョンを立てるには、そのとき(20年後、30年後に現役で活躍しているメンバーでつくるのが一番いいと思いました」。

有田川町役場の高垣昌弥氏(写真:佐保 圭)
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 このような重要な計画書の叩き台を役場でつくる場合、課長クラスもしくは各課のスペシャリストで行うのが通例だ。いくら正論であっても「若い職員だけで」などということは無茶な話だった。当時、町長は、なんと答えたのか。

 「町長は『あ、いいよ』って、ひと言返事でした。止められることは滅多にありません」と高垣氏は笑った。

 結局、「有田川町 まち・ひと・しごと創生総合戦略」の叩き台は、21歳から最高齢は当時39歳(高垣氏)の13人の若いチームがつくられ、それを地域住民が参加する総合計画審議会にかけ、50歳を超える役場の部長クラスで構成されるまちづくりの創生本部会議にかけ、また、若いチームに戻すということをくり返し、2015年10月に完成させた。

民間のまちおこしがポートランド流で加速

 時を同じくして、住民側でも「町の人口減少を食い止める取り組み」が動き出す。

 和歌山県の持続可能なよりよい社会の実現に取り組む「PLUS SOCIAL」の有井安仁氏は、まちづくりに興味を持ち、取り組み始めた頃、たびたび、ポートランドを訪れるようになり、当時、ポートランド市の開発局で働いていた山崎満広氏と出会い、交流を深めていった。

 そんなある日、山崎氏から、ポートランドと連携で真剣にまちづくりに取り組んでくれる町を紹介してほしいと頼まれた。有井氏の頭に浮かんだのが「有田川町」だった。有井氏はかつて、映画「ねこにみかん」の制作の仕事で、ロケ地である有田川町の住民が果敢に新しいことにチャレンジする人たちだと実感していた。そこで、この町でポートランド型のまちづくりができるのではないかと考え、知人で有田川町民の上野山栄作氏に声をかけた。

 有井氏と上野山氏は、有田川町の住民の30代後半の高校教師、40代半ばのみかん農家の経営者、そして、当時32歳の丸十家具の森本信輔代表の3人を居酒屋に呼び、思いを語った。

 こうして「有田川町 まち・ひと・しごと創生総合戦略」の作成開始と同じ頃の2015年4月末、住民による地方創生プロジェクト「有田川という未来 ARIDAGAWA2040」、通称「AGW(KEEP ARIDAGAWA WEIRD)」が立ちあがった。

 有田川町とポートランド市には共通点があった。環境を重視していることと、住民がまちの活性化の取り組みに積極的であることだ。この共通点を背景に、ポートランド市側でも、有田川町の取り組みの支援に積極的な姿勢をみせた。町の職員である高垣氏も、有田川町の住民としてAGWに参加し、行政と住民の橋渡し的役割を担った。

 同年7月、プロジェクトは、ポートランド市開発局の職員による講演会やワークショップ、フィールドワークなどの開催から活動をスタートさせた。

 2015年10月に行われたワークショップでは「廃園となり取り壊される予定の田殿保育所をまちの拠点として生まれ変わらせるとしたら、どういったリノベーションをしたいか」「周辺住民や自然環境と、どのような関わり方ができたらよいか」というテーマで話し合われた。参加住民を約15名ずつ4つのテーブルに分け、ポートランドから来た7名のゲストが各テーブルに入り、持参したキットを活用しながら、参加者がアイデアを出せるようにサポートした。

 旧田殿保育所は現在、AGWのメンバーの持ち出しとDIYでリノベーションが行われ、地域住民が集まる交流拠点へと生まれ変わっている。定常的に維持していくために、2017年4月には行政が獲得した地方創生拠点整備補助金を活用して、民間の運営事業者を株式会社 地域創生(本社:和歌山県有田川町)に決めた。同社は、AGWのメンバーなど住民と有田川町とで協議会を作って連携しながら運営方針を決め、2017年7月にはテナントとしてカフェなどの事業者を入れる準備を進めている。

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町民が旧保育園をDIYでリノベーションして交流拠点が誕生。思い出写真の展覧会も開催された(下)(写真:2点とも有田川町)
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 町役場の「有田川町 まち・ひと・しごと創生総合戦略」と同様に、AGWも「女性が住みたい町づくり」を重要課題の1つとしていた。しかし、結成当初、AGWには女性メンバーがいなかった。そこで、女性のまちづくりの参加者を増やすため、「有田川という未来 ARIDAGAWA2040」の取り組みの一環として、20〜39歳の女性限定のまちづくりフォーラムを開催した。有田川町役場は「主催」となることで、AGWの取り組みを支援した。

 俳優の伊勢谷友介氏をゲストに迎えたフォーラムは“ヒット企画”となった。 伊勢谷氏は、栃木県那須塩原市の黒磯駅前エリアの再開発に伴う中心市街地のまちづくりで、ポートランドの事例を参照して市民参加型のワークショップを実施するなど、未来における生活を新たなビジネスモデルと共に創造していくことを目的とした「リバースプロジェクト」代表でもある。このフォーラムには100人を超える女性の参加者があり、女性のまちづくりグループ「有田川女子会(=Up Girls)」が結成されるきっかけにもなった。こうして女子会による町のガイドブックの作成や料理講習会などのイベントの取り組みが始まった。

 現在、AGWの登録者は約50名を数えるが、女子会などで活躍している人の多くがこの数に入っていないし、そもそも、登録者以外の活動やメンバーについては、はっきりとは把握していないという。

 AGWの立ち上げメンバーで、現在、代表を務める森本氏は言う。「AGWの活動には、ピクニック、婚活イベントなど、いろいろある。講師を呼んでガチでまちづくりを学ぶ会もあり、ポートランドのまちづくりを学んでいるのも、その事業の1つです。自分が参加したいところに行けばいい。まちづくりという固いものに縛られてなくてもいい。AGWは、協力はしても、批判と干渉はしない。この町でこういうことがしたいと思ったとき、共感した人が協力できる母体、それがAGWのあるべき姿だと思っています」。

 結果、有田川町では、若い住民を中心としたまちづくりの取り組みやイベントが活発化し、その準備や話し合いのための集会も飛躍的に増え、若者たちが有田川町の魅力を再発見し、有田川町の住民としてのプライドの醸成につながっているという。この若者たちの活き活きとした暮らしぶりが、有田川町のイメージアップにつながり、県内はもちろん、県外からの若者の移住者も目に見えて増えてきつつあるという。

 「ポートランドもそうだと聞いていますが、『住んで』『移住してきて』とは言ってない。そんなこと言わなくても、その町の住民が楽しく暮らしているのを見た人たちが、移住してくると思うんです。僕らも、肩肘張らずに『まちづくり』を楽しんでやれば、おのずとそういう方向に向かっていくんじゃないかって。2040年には『日本で1番住みたい町になる』みたいなこと言っていますが、あながち、そんなむちゃくちゃなことじゃないと思っています」(森本氏)

起爆剤としてのポートランド効果は絶大

 AGWの森本代表は、有田川町とポートランドとの出会いをこう分析した。

 「今まで自分が思っていたまちづくりは、官がやるもので『行政が決めたことにみんなで協力しましょう』というものでした。自分もまちづくりに興味はなかった。この町で十数年仕事していて、いいとこ、地域の自治会に参加するレベルでしたが、将来、商売して住んでいく町が、このまま放っておくと衰退する。最悪、町としての機能が失われるという危機感を持たされた。そのとき、全米で一番住みたい町のポートランドのまちづくりのスタイルを知って、自分が参加してみて、ちょっとでも有田川町が変わってきたらおもしろいし、できるんじゃないかという可能性を感じた。それで集まったのがAGWのメンバーだと思います。ポートランドの起爆剤としての効果は計り知れないですよ」

ARIDA GAWA WEIRD代表の森本真輔氏(写真:佐保 圭)
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 行政と住人の橋渡し役である高垣氏は、これからの決意を話した。

 「有田川町は、ほかの市町村と比べてもらったら、住民が参加できるイベントがものすごく多い。ということは、町と行政が一緒になれる部分が多いということ。ただ、実際は、町内には、無関心の人もいますし、反対する人もいるかと思います。それでも、負けずに進む。前例のないことは難しいですが、とにかくやってみることの方が大事」

 中山町長は、有田川町のまちづくりを笑顔で語った。「若い子ら、しょっちゅう寄り集まってくれて、いろんな構想を練ってくれているみたいです。行政に任せたら、絶対に成功しません。行政だけでやったら、ほとんど失敗するけど、住民の方から盛り上がってくれた」。

 若者や女性を含む住民が率先してまちづくりに参加し、行政が支援し、それに応えて、また住民が新たな取り組みに挑み始める――。有田川町では、そんな理想的な好循環が動き始めた。



■訂正履歴
有田川町の観光名所の水田を「あらぎ島」としていましたが、正しくは「あらき島」でした。また、2ページ目、資源ごみ収集運搬処理業務に年間3000万円を支払っていた」としていましたが、正しくは「3200万円」でした。5ページ目、民間の運営事業会社を株式会社地方創生(本社:和歌山県有田川町)に決めた」としていましたが、社名は「地域創生」の誤りでした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。[2017/7/13 12:05]

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