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「乙武問題」を契機に、障害者の歴史を振り返る(3/5ページ)

2016.04.20

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分別過ぐれば愚に返る

 このように歴史をひも解けば、障害者に対する社会の扱いは、長きにわたって多くは冷淡・残忍なものでした。

 ところが現代ではその反省、もしくは反動からか、「障害者を差別・隔離してはならない」を通り越して、例えば「障害は個性」のような“言葉遊び”をはじめ、中には「障害者は天使」「いい人」という意味不明な価値観も見受けられるようになります。さらには「障害者を保護せよ」を通り越して、「優遇せよ」「区別することすら許さん!」という極端な考え方すら聞かれるようになっていきました。

――「障害者」の「害」とは何事だ、書くときは「障碍者」「障がい者」と書け。

 差別心というものは「心」に宿るのであって、「言葉」に宿るものではありません。しかし、こうした「言葉狩り」が猛威を振るい、いまや障害者に対して少しでも対応を誤れば、たちまち大ヤケドを負いかねないため、まるで「腫れ物にでも触わる」ような観すらあります。

(写真:AH86 / PIXTA)

 こうした現状に、みな心の中では「おかしい」とは感じながらも、一様に口を閉ざしてしまっています。これは戦前に「戦争反対!」を口にすれば、皆から袋だたきにされる雰囲気があって、自由な発言が抑圧されていたのと同じ。日本人はあそこから何も学んでいないことがわかります。

 しかし、身障者に末席を置く者の一人として、筆者はあえて言いたい。

── 分別過ぐれば愚に返る。

 何事も「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、こうした極端な現状が長くつづけば、かならずや手痛いシッペ返しとして返ってくることになるだろう、と。

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