
![]() 2007/02/22
大江、崎津の天主堂へ
2日目はまず天草の下島にある大江天主堂と崎津天主堂を訪れる。ツアーではバスで朝早く出発するのだが、取材の時は五和でのイルカウォッチングを終えた足で訪れた。五和町からはサンセットラインを通って1時間ほどである。 天草とキリシタンの関係は1566年にさかのぼる。フランシスコ・ザビエルがキリスト教を伝えてから17年後のことだ。当時、志岐の領主であった志岐鎮経が修道士であるルイス・デ・アルメイダを招いたことに始まる。なおアルメイダは大分に日本で最初の病院を開設したとされている。徳川幕府が1612年にキリシタン禁教令を発して以降は宗教弾圧が激しくなり、島原の乱以降は天草でも隠れキリシタンとしてのみ伝えられていったという。
再びキリスト教が認められたのは1873年のことだ。それまでの約250年間の間、秘かに信仰は伝えられていったのだ。中でも大江は隠れキリシタンの里とされ、禁令が解かれた時にはキリシタンの家庭が圧倒的に多かったほどだという。 キリスト教が解禁されるとすぐに大江には道田嘉吉らにより天主堂が建てられた。キリシタン復活の中心地となったのである。 現在の天主堂が建設されたのは1933年。1891年に布教のために来日したフランス人神父ルドビコ・F・ガルニエが私財を投じて建設したという。ガルニエ神父はこの地に骨を埋めたという。礼拝堂はロマネスク建築が美しい。丘の上に立つ教会は天草の人々を見守り続けているようだ。
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