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噺家・柳家三之助の「落語の世界へようこそ」
第10回 青菜
2007/07/13
噺家・柳家三之助
噺家・柳家三之助

 まもなく梅雨が明け、夏本番。

 おかげさまでこの連載は今回で10回を迎えます。読者のみなさまがいらっしゃるからこそ続くこの連載、これからもよろしくお願いいたします。この原稿は一回の分量がおよそ2000字ですから、10回で20000字。これをもしゆっくり声に出して読むとおよそ50分かかります。長めの噺一席分、ということになりますか。よくまあこんなに書いたものです。呆れかえったもんです。

 さて、今回からはしばらく季節に合わせた古典落語をご紹介しながら、その噺の中に含まれる落語的トピックを拾い出してみようと思います。

夏らしい季節感が漂う噺

 今回は「青菜」。

 とても夏らしい、夏以外は考えられない噺です。登場人物はいたってシンプル。大家(たいけ)の旦那とその奥様、植木屋とそのカミさん、そして植木屋の友達。夫婦が二対出てくるというところがこの話のキモになっています。

 古典落語というのは演じる者によって台詞がいろいろ変わりまして、もちろん噺の第一声、入り方にもいろいろあるんですがこの噺は間違いなく、

「植木屋さん、御精がでますな」

 で始まります。扇子を持った鷹揚な御大家の旦那のこの一声で、噺の舞台はあらかた設定されてしまう、恐るべき落語パワー。答える植木屋もまあ適当にヨイショをするわけなんですが、当の植木屋、精なんぞ出るわけがないのです。

 真夏ですよ。表の仕事ですよ。出るわけがないでしょ。こう言うところは現代の労働者諸君に共通する心持ちなのです。だいたい仕事なんというものは毎日毎日精魂打ち込んでするもんじゃあありません。いやいやそんなことはないとお嘆きの貴兄、そんなうそを言っちゃあだめよ、ってなもんですな。

 そんなことを知ってか知らずか、旦那は植木屋にもっと仕事に精を出せと小言をいうどころか、もうそこそこでよいからと酒や料理を勧めます。今で言えば理想のクライアント、金持ち喧嘩せず。ここで饗されるもてなしの数々に、落語らしい季節感が漂います。

 酒は小さなコップで飲む「柳陰(やなぎかげ)」、これは上方での呼び名で関東では「なおし」といいます。あまりなじみがないかと思いますが、一言で言えば飲用のみりんを焼酎で割ったような飲み物です。

 あ、単純に想像して嫌な顔をしてはいけません。ビールもない、サワーもない、ガラスのコップと聞いただけで涼しいという、そんな頃の話です。

 興味ある方は、今でも手に入りますので探してみてください。わたしもお客様から頂いて呑んだことがありますが、少うし甘みのある、ちょいと呑むには乙な「お米のリキュール」ですよ。

 そして肴は「鯉の洗い」、下に氷が敷いてあります。今では当たり前のこの氷、生まれたときから自宅に電気冷蔵庫があるという世代には分からないありがたみです。植木屋なんぞは鯉よりもこの氷に興味を惹かれる始末、子供のようにはしゃいでます。

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