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家郷 ふるさとの風景美
餘部 あまるべ
2009/07/29

風の通り道に架けられた橋梁を電車が通る。
風の通り道に架けられた橋梁を電車が通る。

 あまるべ(餘部)、とつぶやくとき、日本海の鈍色の空と、風に千切れる波頭が脳裏を支配する。初めてかの地を訪れたのは、NHKテレビで『夢千代日記』という番組が放送されていたころだから、四半世紀以上も前のことになる。番組中で、たびたびその短歌が織り込まれた、前田純孝という歌人にも興味を持った。

 餘部は、地名の語感からくる興味は言うまでもないが、その土地を象徴する橋梁(高架橋)もまた、旅心を誘った。いまから、ちょうど100年前の、1909年(明治42年)12月に着工され、1912年(同45年)3月に開通したという。長さはおよそ300メートル、高さが41メートルもあって、真下に餘部の集落があり、家並みの中から鉄柱が伸びている、といった感慨を抱かせる。

橋梁の真下に集落はある。轟音が降ってくるという。
橋梁の真下に集落はある。轟音が降ってくるという。

 ドラマ『夢千代日記』のタイトルバックで、橋梁の映像が流された。鉄の橋でありながら、画面に映し出されたそれは、いかにも、人を乗せた列車が行き来するには心細く、また、寂しげに感じられた。

 そう、実物に接してもその印象は変わらなかった。大きな風景の中で俯瞰するとき、心許ない人為に見えたのだ。しかし、近くに寄ってみれば、太い鉄で構築された橋梁で、おそらくは、誰の目にも威容と映るだろうと思わせた。

遠望する鉄の橋は、人為のせいか、どこか華奢な印象をもたせた。
遠望する鉄の橋は、人為のせいか、どこか華奢な印象をもたせた。

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文・写真:宮嶋 康彦(みやじま やすひこ)

日本の自然を独自の視点で撮り続ける写真家。日本の文化を落ち着いた眼差しで見つめ、季節の隅々に現れる原日本の面影を、文章と写真で表現する活動を続けている。
1951年、長崎県佐世保市生まれ。1975年、フリーランスのカメラマンとして活動を始める。1981年、東京から標高1500メートルの奥日光に移住。1986年、まる5年暮らした奥日光を引き払い再び東京の生活に戻る。テーマは人を含めた自然。特に人と自然が出合う接点(山河海浜、都市)がフィールド。『誰も行かない日本一の風景』(小学館)、『この桜、見に行かん』(文藝春秋)、『花行脚・66花選』(日本経済新聞社)、『だからカバの話』(朝日新聞社)、『脱「風景写真」宣言』(岩波書店)、「日経マスターズ」誌への連載記事を収録した『写真家の旅-原日本、産土を旅ゆく』(日経BP社)など著者多数。

●宮嶋さん本人のHPはこちら
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