
![]() 2008/12/05
葬式と言えば「香典」、これを巡って関西地方ではいま大きな問題になっています。 「香典」はかつては「香奠」と書きました。戦後に当用漢字が制限され「奠」の漢字が使用できなくなり、音が共通の「香典」と書くようになりました。「奠」は供えるという意味ですから、「香奠」は「香を供える」という意味でした。 香を供えるのがもともとの意味
香奠に金銭が用いられるようになったのは、私が知る限りでは、室町時代の武将が弔いの気持ちで「香奠」として金銭を供えた、というのが最初ですが、貴族や武士の間ではその前から金銭香奠が用いられていたのかも知れません。 しかし、一般民衆が香奠で金銭を用いたのは明治時代の都市住民からのようです。地方では戦後の高度経済成長前くらいまでは香典として米や野菜を持ち寄ったところがありました。全国的にお金を包むようになったのは昭和の初期から戦後の高度経済成長前までのことです。 いまは葬祭業者が葬儀を全て取り仕切る形が一般的で、90年代以降、斎場(葬儀会館)で葬儀をする人が多数になると、近所の人のお手伝いも必要がなくなってしまいました。だがそれ以前は葬儀の運営の中心は組とか講と言われた、いまで言う町内会にあり、町内会が葬儀を仕切っていました。 地域の人は、男性陣は葬具を作り、女性は炊き出し(料理つくり)を担いました。葬儀を取り仕切る役の葬儀委員長は町内会長が務めるケースが多かったようです。司会はいまでは葬祭業者がすることが多いですが、この役も地域の人がしました。
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