
![]() 2008/06/27
かつての葬送の中心は葬列にあった
「霊柩車と道路で出遭ったら親指を隠さないといけない」 こういう迷信を知っているのは現在40歳以上の方でしょうか。なぜかというと、親指を隠さないと親と早くに死に別れてしまうので、とか、親の死に目に会えない、とか言われたものです。 もっともこの迷信の起源はそれほど古いものではないようです。せいぜい昭和初期でしょうか、どうも戦後になって普及したように思います。一種の都市伝説でしょう。 ですが最近はこの宮型霊柩車の姿を街中で見る機会がガクンと減少しました。 日本の古くの葬送の中心は葬列にありました。19世紀の半ば過ぎまでは、日本では葬儀は夜に行われ、人々は行列を組んで、自宅から寺、火葬場、墓地まで遺体を運んだものです。 いまでも地方へ行くと、寺の門前から本堂前まで、あるいは自宅を出棺して霊柩車に柩を載せるまで、あるいは寺からその奥にある墓地まで、距離は短くなりましたが、葬列を組む光景に出くわすことがあります。 昔は「野辺の送り」とも言われました。 江戸時代が終わり明治になると、19世紀の後半からですが、昼間に葬儀が行われるようになりました。そして明治維新の後の近代化に伴い、商人階級が勃興し、派手な葬列が街を練り歩く様が見られるようになったのです。 いまも祭壇の上に置かれることがある葬具の多くはこの時代の葬列を彩るものとして作られました。
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