供養は遺された者にとって「義務」ではなく「権利」
最近出てきたのが「手元供養」です。遺骨の一部を小さなお地蔵さん型の人形の中に入れたり、ネックレスにしたりして、手元で供養しようとするもので、人気を集めています。 従来は「家」をとおして死者と繋がっていましたが、「個」が直接死者と接点をもつようになってきました。 「供養」というのは、どれがいい、これはいけない、というものではありません。自分にとって大切な存在であった死者に対して、どのような係わりをもつかということです。 繰り返しますが、死者を忘れるのではなく、死者を思い起こすために供養というのはあるのだ、ということです。 お墓の世界も変わり、お葬式も変わり、仏壇も変わっています。多様化した、つまり選択肢がたくさん出てきているのです。 そこで問われるのは「あなたは死者とどう係るか」ということです。 これまでの葬送・供養の構造もその原点から出発しています。その原点さえ大切にするならば、後はそれぞれがそれぞれに合った様式を選択すればいいのです。 供養は遺された者にとって「義務」ではなく「権利」なのですから。 (碑文谷 創)
筆者プロフィール
碑文谷 創(ひもんや・はじめ) ジャーナリスト。1946年岩手県生まれ。東京神学大学大学院修士課程中退。出版社勤務の後、1990年表現文化社(当時・表現社)設立。雑誌『SOGI』編集長を務めるかたわら、死や葬送関係に関する評論ならびに講演活動をテレビ・新聞・雑誌等で展開。 著書は『新・お葬式の作法~遺族になるということ~』(平凡社新書)『死に方を忘れた日本人』(大東出版社)『葬儀概論』(表現文化社)『「お葬式」の学び方』(講談社)ほか。監修『お葬式』『自分らしい葬儀』『冠婚葬祭暮らしの便利事典』(小学館)ほか。共著『仏教再生への道すじ』(勉誠出版)ほか。
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