春日局ゆかりの寺院
東大キャンパスを出て、再び本郷通りに出ます。春日通りまで歩いてみましょう。春日通りを東に向かって、5分ほど歩いていくと、左手に門が見えます。春日通りの名前の由来となった春日局が葬られている寺院・麟祥院です。その法名を取って寺号が付けられました。 春日局は家光の乳母として知られていますが、明智光秀の家老として光秀の信任が厚かった、斎藤利三という武将の娘として生まれたことはあまり知られていないかも知れません。
光秀のために本能寺で命を落としたのは、言うまでもなく織田信長です。その姪にあたるのが秀忠の正室であるお江与の方で、その息子である家光の乳母が春日局ということになりますから、まさに奇縁と言えるでしょう。 境内に入ってみると、奥の方に春日局の墓所があります。四方に穴があいている墓石として知られています。春日局が逝去したのは、1643年(寛永20年)のことでした。
※所要距離2キロ。所要時間1時間。 (安藤 優一郎)
筆者プロフィール
安藤 優一郎 1965(昭和40)年、千葉県生まれ。歴史家。文学博士(早稲田大学)。江戸をテーマとする執筆や講演活動を続けている。近著には「幕臣たちの明治維新」(講談社現代新書)、「大名屋敷の謎」(集英社新書)など。『第2回江戸文化歴史検定出題問題公式解説集 江戸吟味問答控』(小学館)では1級編の執筆を担当。テレビ番組の監修のほか、東京理科大学生涯学習センター、JR東日本大人の休日倶楽部「趣味の会」などの講師も勤める。 公式サイトはhttp://www.geocities.jp/yu_andoh/index.html
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