神楽坂の由来にはいくつかの説
神楽坂をさらに降りていくと、外堀そして飯田橋駅が見えてきます。右手には高層住宅街が広がっていますが、その中に挟まるように、神楽坂若宮八幡神社が鎮座しています。鶴岡八幡宮内の若宮八幡が分社されたものです。 神楽坂という名前の由来にはいくつかの説があります。その一つに、若宮八幡の神楽がこの坂で聞こえたので、神楽坂と呼ばれるようになったという説がありますが、本当のところはどうなのでしょうか。
神楽坂を降りて外堀を渡ると、石垣が見えてきます。かつて、江戸城牛込御門があった場所です。 明治に入ると、江戸城の各城門は取り壊されていきます。この門も、明治5年(1872)に櫓などが除去されました。現在残っている石垣は再整備されたものです。 ※所要時間1時間。2キロほど。 (安藤 優一郎)
筆者プロフィール
安藤 優一郎 1965(昭和40)年、千葉県生まれ。歴史家。日本近世政治・経済史専攻。文学博士(早稲田大学)。江戸をテーマとする執筆や講演活動を続けている。近著には「江戸城・大奥の秘密」(文春新書)、「江戸のエリート経済官僚大岡越前の構造改革」(NHK生活人新書)、などがある。NHK文化センターでは「江戸の名残りを追いかけて」「や江戸の面影を歩く」という講座で町歩きの講師を務めている。 公式サイトはhttp://www.geocities.jp/yu_andoh/index.html
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