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大人のこだわり
聖なる河から生まれた 芸事、豊穣の女神
2008/06/20
吉祥 弁財天裸像

七福神の紅一点

 弁天様との愛称でお馴染みの神様「弁財天(弁才天)」。江戸時代、庶民の間で広まった七福神信仰では、紅一点の存在である。仏教の中でも珍しく女性の姿で描かれてきた。弁財天の起源は古代インド仏教(ヒンドゥー教)の女神「サラスヴァティー」に由来する。

 インドの神話ではインダス川の神様として登場し、“聖なる河”という意味の名前が付けられた。元来、川の神様であるサラスヴァティーが音楽や芸能の神としても、さらには五穀豊穣、財宝の神として信仰されるようなるには、いくつかの理由がある。

 まず音楽・芸能の神としての由来は、川が止めどもなく流れゆく様子を音楽に、さらには饒舌な語り口に見立てたことから始まる。今もなお聖なる河として信仰を集めるインダス川。その雄大な流れる様を音楽として、さらには神様からの言葉として受けとるのはごく自然なことだったに違いない。

 サラスヴァティーは、弁舌の神であるヴァーチとも同一視され、音楽・芸能の神としての性格付けが深まり、音楽の神として信仰が集まった。日本国内で弁天信仰が始まったとされるのは奈良時代以降のこと。平安時代を代表する音楽家、琵琶の名人として知られた藤原師長(1138年~1192年)が信仰したとされる弁財天像が京都の白雲神社に伝わっている。

 五穀豊穣の神としての信仰も、川の神という性格から始まる。川、そして水というのは、自然の恵みをもたらし、あらゆる生物の命を養うことを象徴する。人々に食物、子孫、富を授けてくれる母という存在として親しまれていったのであろう。仏教の歴史を見ると、各地で信仰されていた昔ながらの神様と、新たにもたらされた仏教が互いに影響し合っている。一般に神仏習合と呼ばれるものだ。

 もともと信仰していた神様の役割を、仏教の中に集約。慣れ親しんだ信仰に近づけるような、神様の性格付けが行われた。国内でその最たるものは、農業や穀物の神様である宇賀神との習合だ。とくに中世以降に作られる弁財天像には、宝冠に宇賀神を載せた鳥居をあしらったものが多い。五穀豊穣の神様として厚い信仰を受けていたことが伺える。

 最後となる財宝の神としての役割は、少々面白い由来がある。弁財天として親しまれている名前は、もともと「弁才天」と書かれていたそうだ。音楽・芸能の才能を高めたいという願いが込められたのだろう。しかし、室町時代末頃になると、「才」の文字を「財」に置き換えて使われようになる。商売繁盛で、人々にお金をもたらす、“財宝を授ける”神としての信仰がこうして始まった。

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