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東方へのあこがれを運んだ オリエント急行

20世紀前期に訪れた栄光と影

 開設当初のルートは、パリ・ストラスブールを出発してミュンヘン、ウィーンを経てトルコのコンスタンチノープル(現イスタンブール)まで。まさに西方から東方(オリエント)へと向かうロマンあふれる旅となった。1889年には英国内(ロンドン~ドーバー)までルートを拡張。仏国側の路線もパリから、ドーバー海峡の仏国側の入口であるカレーまで路線を延ばし、トルコ内の路線工事も終了してイスタンブールまでの直行運転が開始された。“走る貴婦人”として名声を得るオリエント急行の本格始動である。

 パリからイスタンブールまでの所要時間は約67時間。豪華な客室、ホテル並みの食事を用意し、異国情緒漂う街へとゆったりと向かう。まさに上流階級の娯楽として、このうえないものだったに違いない。

 その後もオリエント急行が運行される路線は拡大され、1900年にはベルギーのオステンデから、ブリュッセル、フランクフルトを経由してウィーンへと向かう「オステンデ・ウィーン・オリエント急行」。ベルリンからプラハを経てブタペストへと向かう「ベルリン・ブタペスト・オリエント急行」の2路線がスタート。

 1921年にはローザンヌ~ミラノ間に全長約20キロのシンプロン・トンネルが開通。新ルートを使ってイスタンブールへと向かう「シンプロン・オリエント急行」が登場。1924年にもスイスからオーストリアへと抜けるアールベルグトンネルを利用した新路線に「アールベルグ・オリエント急行」が開通する。

 こうして1920年から1930年代にかけ、豪華寝台車による鉄道旅行は黄金期を迎えた。冒頭に紹介したオリエント急行殺人事件が世に送り出される時期とまさに重なる。作者のアガサ・クリスティーにとっても、オリエント急行は特別な存在だったようだ。

 なぜならアガサは1930年以降、夫で考古学者のマックス・マーロワンの発掘調査に同行し、毎年のように中東諸国を訪れている。その際の交通手段として利用したのがオリエント急行である。当時は、第二次大戦を目前に控え、独、仏、ベルギーの国境で紛争が勃発するなど、欧州では不穏な情勢へと傾いていった時分。

 アガサも紛争に巻き込まれないように、安全な路線を見極めながらオリエント急行を利用したことだろう。イスタンブールには、アガサが懇意にしていたホテル「ペラ・パラス・ホテル」が今も残っている。ホテルの窓から街を眺めながら、オリエント急行殺人事件の構想を練ったのかも知れない。

 黄金期を過ぎたオリエント急行は衰退への道を辿る。第二次世界大戦で痛手を被り、さらに戦後には旅客機が登場。交通手段としての鉄道は存在価値を瞬く間に失った。そして、アガサが85歳でこの世から去ったのに合わせるように、翌1977年、オリエント急行は96年の歴史に幕を下ろすことになる。廃止を惜しむ声、復活を望む声も多く上がったようだ。ほどなく復活への道が始まる。乗り出したのは、米国の実業家のジェームズ・B・シャーウッド。廃線後、オークションにかけられ各地に散らばった車両を買い取り、ロンドン~パリ~ベニス間を走る「ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス」として復活させた。1982年のことである。現在は運行路線を広げ、ローマやフィレンツェ、そしてイスタンブールなどへ向かうルートなどを多数用意している。

 オリエント急行の成り立ちと歴史には、目的地までの行程を楽しむという、古き良き旅情を強く感じさせるものだ。

 いいもの王国の『男の時刻表』はオリエント急行をはじめ、スタイルと速さを競う高速列車、アルプス山頂を目指す登山鉄道、緑の中を走り抜けるローカル線など、ヨーロッパ各地を人気の列車で巡る旅を、美しいハイビジョン映像で収録したDVDソフト。映像はハンディカメラによる旅人目線で、ナレーションも一人称によって語られる。部屋に居ながらにして一人旅気分を満喫できる巧みな構成なのだ。

 世界遺産はもとより、歴史、芸術、文化、グルメ、そして人々との温かいふれあい。列車の旅を愉しみながら、ヨーロッパの魅力をあますところなく伝えてくれる。さらに各巻の音声を収録したCDも付属。車で、携帯プレーヤーで、旅をもういちど再現できる。

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