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本当にやりたい仕事って何
中国ロングステイで刺激ある人生を<その2>~人生の後半が充実していれば楽しい~
2007/03/13

 第2の人生を見据えて在職中から勉強に励み,60歳の定年後すぐに日本語教師の資格を取得した村上正剛さん(67歳)。前回は,生まれ故郷でもある中国の地に再び足を踏み入れることを夢見て,見事にそれを実現させるまでを紹介した。

 さて,実際,中国に渡った後,村上さんの日本語教師としての生活はどうだったのだろうか。そして,最初は安徽省で教えていたのに,どのようにして現在の上海での仕事を見つけることができたのだろう。

教え子の妹の結婚式で
教え子の妹の結婚式で

正しさを実感した「60歳の決断」

 2000年9月から1年の任期で,安徽省の蕪湖連合大学の全日制で日本語を教えることになった村上さん。奥さんは,いったい,どう思っていたのだろう。「実務実習でベトナムに行く時は,『中国に行くんじゃないの?』とびっくりされました。でも,中国行きが決まったときは,『仕方ないか』という感じ。勤まらなかったら帰ってくるだろう,くらいに思っていたみたいです」とは村上さんの談。

村上さん
村上さん

 安徽省蕪湖は上海の西側,上海から電車で4時間くらいの場所にある。子供のときに中国で暮らしたとはいえ,中国は広い。吉林省と安徽省とはまったく別の国。61歳にして,また,「初めての異国での生活を経験する」といっても過言ではなかった。しかも単身赴任である。そして,中国での仕事を夢見ていたにもかかわらず,村上さんは中国語をほとんど話すことができなかった。

 「安徽省という田舎で最初に日本語教師として教えることができて本当によかった」と村上さんは振り返る。というのも,中国語が苦手な村上さんは,最初の授業に「日本語を教えるんだから,このクラスでは中国語を使わない。君たちもなるべく日本語で話すように」と伝えた。しかし,中国語が必要なときもある。そんな時は,クラスのリーダー格で,日本語がある程度話せる生徒が通訳をしてくれた。そんな土地柄だった。

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