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本当にやりたい仕事って何
サラリーマンに軸足を残しながらの起業<その2> ~花卉栽培農家開業からの危機をどう乗り越えたか~
2006/04/11

 前回は,コンピュータ関係の会社で営業職に就いていた渡辺良樹さん(52歳)が,早期退職制度を利用して45歳で独立し,1998年,花卉栽培農業「グッドウッド・フラワー」を立ち上げるまでの奮闘振りを紹介した。

 良き指導者に巡り合い,埼玉県児玉郡に3000坪のまとまった土地を借りることがでるなど,すべりだしは恵まれたが,1年で壁にぶちあたる。ガーデニングブームの沈静化にともなって製品の単価は低下傾向にあり,ハウスを増築して増産を図らない限り,収入は減るばかりだ。今回は,その苦境をどのようにして乗り越えたかを聞いてみた。

女性パートが兼業を支えてくれた

 渡辺さんは1年間アルバイトとして働き,さらに3年間,その子会社の正社員として勤務した。月曜から金曜までフルタイム勤務だ。その間,ハウスの管理はどうしていたのだろうか。

 「3人のパートさんにお願いしました。と同時に,タイマーによるハウスの自動開閉システムや給水の自動化設備を導入したのです。事業を軌道に乗せるまでは,しばらくサラリーマンと兼業するしかないので,不可欠な投資でした」。

パートさん

 その兼業の4年間を渡辺さんは「特に,パートの女性がしっかり留守を預かってくれた功績は大きい」と振り返る。それは渡辺さんの労務管理のたまものでもある。渡辺さんが「先生」と呼ぶ指導者で花卉栽培のベテラン・萩原幸一さんは,常々,「ハイヒールでできる農業」の理想を語っていた。いわゆる「3K」の典型から「快適なオフィス」へと就農環境を変えていかなければならない,という考え方だ。

ログハウスふうの事務所

 渡辺さん自身もその理想に少しでも近づこうと,女性が働きやすい職場環境づくりを心がけた。清潔で快適なトイレ。沿道には花壇。ログハウスふうの事務所。こうした環境のなかで,パートさんたちは生き生きと仕事をしてくれた。

 「後半は,東北支店長として仙台に通いました。転勤じゃなくて新幹線通勤を許可してくれれば受けます,という条件で。ここからだと,大宮で7時30分の新幹線に乗れば,9時には仙台に着くんです。しかしまあ,大変でしたね」。

 グッドウッド・フラワーの最寄り駅は高崎線の神保原。都心までは2時間,仙台までも3時間は超えない。かなりの遠距離ではあるが,通えないことはない。農業とサラリーマンがぎりぎり両立できる地の利が生きた。正社員として3年間勤めた後は,その収入を原資に花卉栽培を軌道に乗せるという目標がはっきりしていたからこそ,遠距離通勤の辛さにも耐えられたのだろう。

 渡辺さんは都合4年間の“サラリーマン回帰”で約4000万円を稼ぎ出し,そのうち約半分を設備投資に回すことができた。

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