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本当にやりたい仕事って何
営業マンから,たこ焼き屋のオヤジに転身<その1> ~“独立するなら50歳までに”を後押ししたもの~
2006/02/28

 1980年代初頭。ようやくパソコンがこの世に生まれ,ビジネスコンピュータが中小企業にまで普及していった時代,その最先端システムの販売に携わっていた男性がいる。それから20数年後,彼は今,住宅街に店を構え,たこ焼きを作り,中華なべを振るう。

 彼の名前は前田豊作さん(54歳)。求めたのは,収入でもなく,キャリアアップでもなく,自分が「いいじゃないかといえる人生」。彼を変身させたものは何だったのか。そして,それはいったいどんな生き方なのだろうか?

出向という転機
たこ焼き亭とよさん

 訪れたのは平日の昼下がり。その店は,ランチタイムを過ぎた時間にもかかわらず,地域の人々が次々と訪れては,何かしらおしゃべりをして食事を楽しむ場となっていた。横浜から相鉄線快速で1駅の鶴ヶ峰駅は,東京,横浜への通勤者を抱える住宅地。その駅から住宅地を貫いている小道沿いにあるのが「たこ焼き亭とよさん」だ。

 その主である通称「とよさん」は,いかにも人なつこい,おだやかな笑みを浮かべて迎えてくれた。どこからみても,すっかり飲食店のオヤジという風貌。この「とよさん」こと前田豊作さんが,実は以前はスーツを着こなし,最先端コンピュータシステムの営業マンだったと聞いたら,お店の常連さんは驚くかもしれない。

前田豊作さん  日本の企業がコンピュータを本格的に取り入れ始めた1980年代,前田さんは外資コンピュータ・メーカーの関連会社で最前線の営業マンとして働いていた。あらゆる企業でシステム機器の活用が不可欠になっていった時代,前田さんも大いに活躍し,仕事の面白さを実感する毎日だった。

 その会社人生の様子が少し変わってきたのは,子会社に出向してからだ。当時,ある製品の販売を子会社に全面移管することになり,前田さんはその責任者として出向することになった。そこでは,営業を担当するかたわら,今まで自分なりに培った手法や技術を子会社の社員に伝達することにも努めた。

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