お探しのページが見つかりませんでした:日経BP社

お探しのページが見つかりませんでした

あなたのアクセスしようとしたページが見つかりません。以下のいずれかの可能性があります。

トップページの上部にある検索ボタンやメニューなどから、目的の記事をお探しください。


お探しのページが見つかりませんでした:日経BP社

お探しのページが見つかりませんでした

あなたのアクセスしようとしたページが見つかりません。以下のいずれかの可能性があります。

  • ご覧になっていたページからのリンクが無効になっている
  • アドレス(URL)のタイプミスである
  • 当該記事の公開期間が終了している

トップページの上部にある検索ボタンやメニューなどから、目的の記事をお探しください。



雇われない働き方・起業をめざす<その9>~仲間との起業は成功するか~

 第3に船頭が二人だったこと。A氏が社長と決めたのだから、私はその方針に従うべきだったのだろう。しかし、私にもやりたいことがあり、譲れないことがあった。でなければ、リスクをおかして独立した意味がない。それでは、どこかの会社に再就職したのと違わないではないか。

 4つ目は、遠くから見ていたときには分からなかったお互いの本質が見えてくること。気が合って始めたはずだったのに、意外にケチだとか、口うるさいとか、パソコン操作が不得意だったなど、どうでもいいような些細なことが、いちいち気になり始める。極めつけは、給料の取り分。同じように働いているのに、なぜ差をつける必要があるのかという不信を感じたら、もうだめだ。

両者が我を張って失敗

 比べようもないが、ソニーの井深大と盛田昭夫、松下幸之助と井植歳男のコンビのように、どちらかが一歩引いて、役割分担が明確であれば、うまくいったのかもしれない。とはいえ、井植氏も後に袂を分かって、三洋電機を設立している。ことほど、仲間との起業は難しいということだろう。

 私の場合は、40代後半、まだまだ現役での起業だった。どちらも生活がかかっていたし、やる気満々、血気盛んだった。両者が我を張って失敗した例だといえる。では、それから10年後の今、あるいは、定年後の起業ならどうなのだろうか。もう少しゆとりある考え方と大人の対応ができたのかもしれない。


前のページへ 1ページへ 2ページへ 3ページ 4ページへ 5ページへ 次のページへ
この記事のバックナンバーを読む
お探しのページが見つかりませんでした:日経BP社

お探しのページが見つかりませんでした

あなたのアクセスしようとしたページが見つかりません。以下のいずれかの可能性があります。

  • ご覧になっていたページからのリンクが無効になっている
  • アドレス(URL)のタイプミスである
  • 当該記事の公開期間が終了している

トップページの上部にある検索ボタンやメニューなどから、目的の記事をお探しください。



お探しのページが見つかりませんでした:日経BP社

お探しのページが見つかりませんでした

あなたのアクセスしようとしたページが見つかりません。以下のいずれかの可能性があります。

  • ご覧になっていたページからのリンクが無効になっている
  • アドレス(URL)のタイプミスである
  • 当該記事の公開期間が終了している

トップページの上部にある検索ボタンやメニューなどから、目的の記事をお探しください。


お探しのページが見つかりませんでした:日経BP社

お探しのページが見つかりませんでした

あなたのアクセスしようとしたページが見つかりません。以下のいずれかの可能性があります。

トップページの上部にある検索ボタンやメニューなどから、目的の記事をお探しください。