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充実生活見つけた
華鏡、回して覗けば人生が変わる!<その2>~万華鏡で“技術による感動”を伝えたい~
2008/02/11
大熊さんによる万華鏡の話はつきることがない

 前回は、編集プロダクション社長から“万華鏡オーソリティー”へと転身を果たした大熊進一さん(53歳)の万華鏡への思いを紹介した。いまでは、日本万華鏡倶楽部の設立や、仕事場を開放した「日本万華鏡博物館」の設立、そして学校やカルチャースクールでの万華鏡手作り教室開催など、万華鏡が大熊さんの人生の中心となっている。

 好きなことにじっくり取り組むという豊かな生き方は、セカンドステージの見本ともいえる。大熊さんはどのようにして、それを実現できたのだろうか。

会社を作っても社員は抱えない
大熊さんが制作した本『私とモノの出会い』

 大熊さんは、もともとは文章を書くという仕事に携わってきた人だ。「最初の仕事は新聞記者でした。4年目に退社し、1年間アラブを旅していました。会社を辞めてまで旅に出たのは、大学時代に探検部にいたことと関係しているのかもしれません」。自由な生き方の憧れが根本にあったのだろう。

 帰国してからは出版社に編集者として籍を置き、『ビックリハウス』などメジャーな雑誌の編集にも関わっていた。その後、1985年に独立し、自ら「ベアーズ」という編集制作の会社を立ち上げる。「企業PR誌を中心に、企画・編集・制作を一括で請け負うスタイルで仕事をしていました。当時は企業もこの部分に力を入れていたので、仕事はたくさんありました」。

 ただ、社員は持たなかった。理由は、「社員を増やすことで生じるさまざまな人的管理で、神経をすり減らすことは嫌だった」から。会社の規模を大きくすることは考えなかった。どれだけ大きな仕事を請け負っても、案件ごとにチームを組んで、それが終われば解散というスタイルを貫いた。編集という仕事だから、実現できたことだともいえるが。

 やがてバブルが崩壊し、企業PR誌の仕事は激減。しかし、社員を抱えていなかった分、打撃も少なかった。結果的に、身軽な状態を保つというビジネスのスタイルは、大熊さんの生き方に負担を与えず、後に、万華鏡に仕事をシフトしていくにも都合がよかったといえる。


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