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充実生活見つけた
デジタルと古典の融合<その2> ~ネットで広げる竹とんぼの世界~
2006/03/27

 今回の主人公である堀池喜一郎さん(66歳)は,地域に住む大学の同窓生にパソコンの操作を教えているうちに,気がついたら国のモデル事業として認定された「NPO法人シニアSOHO普及サロン・三鷹」の代表になっていた。前回は,NPOを立ち上げるまでの軌跡をたどった。

 その後,地域活動に自分の可能性を感じた堀池さんは,会社を早期退職してその活動に本腰を入れる。そして,今,何よりの生きがいとなっているのは「どこでも竹とんぼ教室を!リーダー会」の活動である。今回は,そこに至るまでの道筋と活動を紹介する。

地域活動を選択し,退職を決意

 堀池さんが率いることとなったNPO法人「シニアSOHO普及サロン・三鷹」の活動は大きくなる一方だった。当時,堀池さんはまだ会社員だった。本業も多忙だった上に,NPOの活動が大きくのしかかる。あまりの忙しさに,国のモデル事業の助成金を消化したのを契機に,「解散しよう」という提案を総会に出した。

堀池さん

 しかし,会員たちは大反対。逆に,この提案がきっかけとなって,「事務所を構え,事業受託をして年間予算を確保し,組織としての形態も整えた上で,会を継続していこう」ということになった。もはや,ボランティア精神だけでできることではない。そのことは堀池さんを次第に追い詰めていった。

 「当時は,NPOの活動,仕事,家庭が3つとも抜き差しならない状態で,『このままだと死ぬのではないか』というほどでした。じゃあ,どれをやめるか。悩んでいたとき,フィリピンでショックな出来事に会いました」。

 その頃,フィリピンのラグナに出張する機会があった。ラグナにはフィリピンの財閥と日本の商社や重工業企業が共同で開発した「ラグナ・テクノパーク」という工業団地がある。家電メーカーのカスタマーエンジニアという技術畑を歩んできた堀池さんは,最先端技術が広大な敷地で次々と生み出されていく様子を見て,ショックを受けた。

 「この大きな流れにはかなわない。毎日,目先の売り上げのために部下を厳しく叱責しているが,そんな目先のことではこの動きには対抗できないのではないか。今,自分のしていることは,この先役に立つのだろうか」。堀池さんにはこんな疑問が沸き起こった。

 その時,堀池さんは59歳。自分のこれからの人生を考えた。そして,帰りの飛行機の中で会社を辞めようと決心,帰国と同時に辞表を提出した。もちろん,次にやることは決まっていた。「シニアNPO三鷹」をりっぱに育て上げ,自分の力を社会に還元することである。

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