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充実生活見つけた
第2の人生を,地域のボランティア活動にかける <その2>
2005/07/05

 定年1年半前に早期退職した小澤敏男さん(66歳)は,現在,地元・三鷹市に3つの活動拠点を持っている。「それぞれ私にとって大切な場所。2つはNPO活動で,直接収入にはなりませんが,やりがいや人とのつながりという面ではとても重要です。」もう1つは,今年すでに開店6年目となる「お好み焼き・樽や」。

 定年後の生活を彩るこの3つの要素に,小澤さんはどのようにして出会っただろうか。1回目は,早期退職を決めた心境とNPO活動について紹介する。

会社人生から飛び出したい


 小澤さんが早期退職を考えたのは、そろそろ定年が間近に迫ってきた頃のこと。大型ビル用の空調関連メーカーに勤務していた小澤さんの心には、「このまま定年を迎えても、おそらく嘱託として何年かは会社人生を続けることができるかもしれない。しかし、それでいいのか?」という思いが浮かぶようになっていた。

 仕事があるのは嬉しいことである。ただ、今までと同じ世界で、同じ仲間たちと、同じ規律に従って生きていかなければないことに、少々息苦しくなっていたのも事実。しかも、2、3年すれば、結局、辞めなければならない。そんな形の定年延長はあまり魅力的とは思えなかった。それなら、今辞めて、長く続けられることを始めた方がいいのではないか。

 当時、会社の組織改変が行われ、小澤さんは新しくできた新規事業準備室に転属されることになった。その新しい仕事に、それほど情熱を持てなかったことも、早期退職の後押しとなったようだ。

 「このまま“会社”という狭い世界だけで人生を終えるのは嫌だ。飛び出すのなら、少しでも気力体力があるうちがいい」。そう考えた小澤さんは、慣れ親しんだ会社名が新社名に変更される1日前に退職する決心を固めた。自分にとって愛着のある社名、入社した時と同じ会社名が残っているうちに辞めようと思ったのだ。それが定年1年半前。小澤さんなりの会社人生への決別だった。

 しかし、ずっと組織の中で生きてきて、突然、飛び出すことに不安はなかったのだろうか。

「いやぁ、もうこの世界はイイや、というのが正直な気持ちでした」。しかも、嘱託で残ったとしても、収入は大きく減る。「今ならまだ、体も気持ちもがんばりがきき、新しい世界に飛び込んでいける力も残っている。3年後では、もう無理。飛ぶなら今しかない」――そんな心境だったと振り返る。

 もちろん、早期退職にあたっては、以後の生活資金はしっかり計算した。子どもはすでに巣立っていた。結局、退職金や年金をうまく利用すれば、夫婦二人の生活くらい成り立たせていけるという結論に達した。

こういう場合、問題は奥さんの反応だろう。小澤さんの場合は、奥さんは「早期退職したいなら、どうぞ」とあっさりと賛成してくれたと言う。料理が大好きで調理師の資格を持っていて、いつかお店を持ちたいという夢があった奥さんにもとって、夫と一緒にできれ、こんなにいいことはない。

 会社からの巣立ちの条件は揃い、新しい人生を踏み出す準備は整った。しかし、まだ心配なことが。



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