大森 それは、ストーリー自体があんまりベタじゃないからですよ。試合に勝った負けたよりも、合宿とか、陸上部のなかの人間関係とか、ほのかな恋愛感情とか、部活のなかの日常ってものにページを割いている。
大会当日のドラマも、走って競うところだけじゃない。主人公は、そんなに強くない陸上部の短距離オールラウンダーという設定だから、100m、200m、4×100mリレーから、4×400mリレーにまで出場する。リレーを出すことで団体競技の面白さを取り入れてる。それに加えて、試合の日は次々に走らなきゃいけなくてめちゃくちゃ忙しいとか、合間に他の部員の応援にも駆けつけなきゃいけないとか、そういう慌ただしさがリアルに伝わってくる。
そういう部活の空気や息遣いを3冊かけて少しずつ醸成しているから、ドラマ部分につくりもの感がないし、こういう話にありがちな過剰な盛り上げもない。
豊崎 佐藤さんは女性で、しかも40歳を超えてる作家だけど、10代の少年の一人称「俺」語りがすごく自然ですよね。ここに少しでもつくりものの感じがあったら、なんだよ、類型かよって文句つけちゃったと思います。
あと、走るシーンが素晴らしい。ほんとに風を切る音が聞こえてくるみたいな。例えば“用意ーーピストル音。一歩目、しっかり。二歩目、しっかり。グッグッグッ、前傾を保つ。身体が起きないように。蹴って地面から返ってくる力が身体を軽くする感覚。ああ、この感じ、坂道をうまく上れた時の感じ。いいぞ、このまま、このまま、しっかり……。よしっ、トップスピードだ。全開だ。行けー”。こんな感じ。
走るのだいっきらいなわたしが、もうちょっと若かったら、トラック走ってみたくなっちゃったかも、そう思えたくらい。快感も苦しさも、生き生きと伝わってくる筆致が素晴らしいです。
大森 大人の人は、主人公のおかあさん視点で読むといいですよ。おかあさん、今までは天才サッカー選手の長男に萌えてたんだけど、次男が大会で走るのを見てまた萌えちゃって、急に応援サイトまでつくっちゃう。サッカーもいいけど陸上も面白いのね、男の子が2人いてよかったわあ、みたいな(笑)。周りのおかあさんたちも巻き込んで応援団を結成して大張り切り。大会ではきっと、双眼鏡でかわいい男の子を探したりして、ママ友と盛り上がったりしてるんじゃないかと(笑)。
豊崎 あら、メガネ男子発見よ!とか言いながらね。
大森 そういうリアリティがよく出てますよね。
豊崎 佐藤さんは『しゃべれども しゃべれども』をはじめ今までに良い作品があって、書評家関係はじめいわゆる玄人筋ではすごく評価が高かった。でも寡作だから、いまひとつ話題にならなかったわけです。でも、この小説で大ブレイクまちがいなしっ。これからの佐藤多佳子は、恩田陸クラスの人気を誇る作家になっていくと思います。で、おそらくは、今文藝春秋から依頼される仕事で、2年後くらいに直木賞を受賞するんですよ。
大森 ちょうど『一瞬の風になれ』が文庫になったころに。前回の森絵都は、同じスポーツ青春小説の『DIVE!!』の文庫がちょうど出たタイミングで、直木賞を取りましたからね。あ、でも、それだったら、佐藤多佳子の前に、あさのあつこが直木賞取らないと。
豊崎 野球青春小説『バッテリー』のね。
大森 この分野を開拓した先駆者ですから。今期、あさのあつこは、文春から単行本を出してたのに(『ありふれた風景画』)、候補に入らなかった。
豊崎 そうなんだ。じゃあ、白石一文さんじゃなくて、あさのさんを候補にすればよかったのに。
大森 あさのさん、てっきり入ると思ってたのでちょっと意外。いまさら候補にするにはベテランすぎるってことかな…といっても、北村薫さんより5歳も若いんですが。
あなたのご意見をコメントやトラックバックでお寄せください
この連載のバックナンバー バックナンバー一覧へ 画面先頭に戻る
- 第136回 芥川賞・直木賞の受賞作発表を聞いて (2007/01/17)
- 第136回 直木賞候補作を斬る!(後編) (2007/01/12)
- 第136回 直木賞候補作を斬る!(前編) (2007/01/12)
- 第136回 芥川賞候補作を斬る!(後編) (2007/01/11)
- 第136回 芥川賞候補作を斬る!(前編) (2007/01/10)

