豊崎 なんだかよく分からない植物診断のシーンから始まるでしょ。だから最初は、ああ、星野さんまたやってるなって思いました。こういう分かりにくいものばかり書いてるからこのひとは、なかなか候補にもならないし、芥川賞も取れないし、と。でも、意外にも途中から、いつもの小説よりはふつうになってきた。ふつうのひとが出てくるし、設定も分かりやすいんですよ。
だから、あ、これはもしかしたら「文學界」の編集者に諭(さと)されて、本気で芥川賞を狙って書いた小説なのかもと思った。思ったけど…。
大森 冒頭から文章にひっかかって。“水鳥寛樹はかすかに汗ばんだ”とか、“廊下の突きあたりの厚い樫の扉の億にある診断室”とか、“薄い蒸気の膜に包まれた体を、しなやかな革のリクライニング・ソファーに深々と横たえる”とか、“柔らかい自然光が太い光ケーブルを通してあちこちから射し込んでくる診断室”とか。どれも間違いじゃないけど、僕の語感からは微妙にずれてて気持ち悪い。それはがまんするとしても、主人公の名前が水鳥寛樹ってのはないでしょう。みずとり・ひろき…ああ、耐えらない(笑)。
豊崎 同感です。名前だけじゃなくて、この主人公の言動に、わたしは一貫して付いていけませんでした。まあ、小説は共感だけで読まれるわけじゃないですけど。
植物診断なんて、ヘンテコなカウンセリングみたいなものに通ってるひとだから、不思議ちゃんぽいキャラなのかなあと思ってると、3歳の姪っ子に飛びつかれて、その重さにたじろぐシーンで“弟子の成長に手応えを感じる相撲部屋の親方みたいな気分になるのだった”なんて、ねえ。えー、そういう陳腐な比喩を使うキャラなんですかあ?
大森 はいはい、笑いましたね。
豊崎 そんなタイプじゃないでしょ、このひとは。こうしたしっくりこない表現があちこちにあって、全体に脇が甘い感じを受けちゃったんですよ。
星野さんは他にもっと良いものを書いてるのになあ。
大森 スギノコのくだりはけっこう好きですけどね。
“あなたはツクシ。熱をはらんだ大気の中で、ツクシのあなたはキリンほどの高さにも伸びていきます”とか言われながら植物診断を受けてる最中に、昔歌ってた「お山の杉の子」を思い出し、そのあからさまな戦意高揚の歌詞に戦慄する。そこから、“これがスギノコの正体かと寛樹は戦慄した。スギノコたちは寛樹の地下茎からいくらでも湧いてでてくる”といった気持の悪いヴィジョンがどんどん拡大していく。
豊崎 すっかりスギノコに取りつかれてね。
散歩に連れ出した小さな男の子まで“スギノコは小さいんだけどものすごくたくさんいて、あっという間に人を食べちゃうんだ”って脅したり。そんな怖いこと言われたら、夜うなされちゃってかわいそうだよと心配になりました、わたしは。
でも、ですね、スギノコは確かに面白いんですけど、ちょっと比喩として筆を滑らせすぎなんじゃないでしょうか。そこが惜しい。戦争に向かう日本のイメージとか、マスの脅威とか、父権のイメージとか。“スギノコこそが、父の始まりだった。力を振るう者と犠牲になる者という分け方を、決める存在。犠牲を要求する者と、その要求に応える勇ましさを価値とする者。居場所を要求する者。寛樹はそれに荷担してしまった”なんて…。
大森 そこまで言わなくてもいいのにね。
スギノコの話だったら、むしろ田中慎弥の「図書準備室」の語り手に、くどくどくどくど語ってほしい。「スギノコなのだから杉になりなさい、それが当然だと私は言われました。百歩譲ってもし私が本当にスギノコであったとしても、すべてのスギノコが杉にならなければならないと決まっているものでしょうか」とかなんとか(笑)。結局ね、この「植物診断室」だって言い訳小説でしょ。どうせ僕は、スギにはなれないスギノコですよ、それでいいでしょっていう。
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