豊崎 戦争中だかに、ある男をリンチしたっていうんだけど、その方法が…、ね。
大森 思わず目を疑うすごさ。中学生相手にこんな話をにする先生は絶対いないし、その思い出話を法事の席で母親に語る男も絶対いない。いやあ、傑作だと思いましたね。なんでこれがD+なんですか!?
豊崎 笑いましたよ。好きか嫌いかっていったら、好きですよ。そういう読み方だと傑作ですよね、確かに。
大森 そうじゃない読み方があるんですか?
豊崎 そもそも、これはどういうジャンルに属させるべきなんですか? リアリズム小説?
大森 妄想小説ですよ! 妄想言い訳小説。
豊崎 はあぁ…、なるほどね、そういうジャンルときました、はあぁぁ。でもね、妄想のありようは面白いとして、こう語りが一本調子で単調じゃあ文学として高い評価を与えるわけにはいかないでしょう、やっぱり。わたしの良心が「こんなものを簡単に認めちゃだめだ」って心の中心で叫んでるんで、D評価にしてしまいました。だって、たるいでしょう、読んでて。
大森 そう? 面白いじゃん。
豊崎 評価はどっちかだとは思うんですよ、AかDか。読者を選ぶ作品だから、BとかCとか中途半端な評価は入れない感じがします。
作品のそこここにちりばめられている悪意。その凄み(すごみ)はわたしにも分かりましたよ。例えば最初のほうに、バスの中で初老の女性に指先がぶつかっちゃったっていうエピソードが出てくるじゃないですか。
大森 はいはい。
豊崎 それに対して、まずいと思う、でも罪悪感からの「まずい」じゃないっていうんですよね。
“指先が全く計算外に他人の皮膚にふにゃっと当たるのはとんでもなく気持の悪いもんです。(略)それに向うは初老っていうくらいの人ですからね、ふにゃふにゃですよ。こんな気持悪いものに触れてしまった、どうしよう、まずいな、と思った訳です”という。
進学もせず働きもせず、家でぷらぷらぷらぷらしている引きこもりの男が心中に育てて来た世間や他者への底知れない悪意に触れて、笑いながらもぞっとさせられるエピソードですね。
大森 ある意味でリアルだと思うんですよね。ここまで真正面からひたすら言い訳する小説はなかなかない。こういう主人公が出てくると、結果的に言い訳になっちゃってるような小説がほとんどでしょう。あるいは、ダメな人が立ち直るとか、社会に出て再生するとかいう話もたくさんある。でも、今の世の中では、ほんとにダメな人は、頭の中で言い訳を考えることくらいしかやることがないという状況なんじゃないか。ぜんぜん生産的じゃなくて、どこにも行き着かない感じが素晴らしく現代的ですね。
少なくとも僕は、今回の候補作5作のなかで、1年後にも内容を覚えているのは「図書準備室」だけだと思います。
豊崎 確かに、汚濁のようにこころの底に沈んで残る(笑)。
大森 受賞は絶対ないけど(笑)。三島賞か野間文芸新人賞を取ってほしい。
豊崎 いやあ無理でしょー、もうちょっとまともな作品を書かないと、いくら三島賞でも。
ところで田中さんって一体どういうひとなんですかね。
大森 こういう(主人公みたいな)ひとなんじゃないの。新潮新人賞を受賞したときに、浅田彰が『ニッポン解散 続・憂国呆談』で言ってた言葉を引用すると、“山口の工業高校を出てから三二歳の今までずっと母親頼みの引きこもりみたいな生活をしてきたやつ”らしいから。
豊崎 うわー、本物なんだ。
大森 そう。きっと、十何年、ほんとにこんなことばっかり考えてたんですよ。
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