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大森 これは、森見登美彦の京都小説『太陽の塔』『夜は短し歩けよ乙女』なんかと同じパターンで、半径50メートルくらいの非常に狭い生活圏を具体的に細かく描くことによって、一定の効果を上げている。舞台は大阪ミナミの心斎橋、アメリカ村あたりから、宗右衛門町、道頓堀界隈。実在のランドマークや地名が山ほど出てきます。

例えば主人公のアルバイト先は、“本町と堺筋本町と心斎橋のどの駅からも中途半端な距離にあるこの場所は、中小の会社や問屋が大方を占めているけれど、繁華街も近いので飲食店やお店も途切れずにあって、週末でも人通りがある。店の前の筋のずっと先には、阪神高速道路と船場センタービルが見えている”という具合に。お店もビルも実在のものが説明抜きでそのまま出てくるし、ビッグステップが目印になってたり。今の大阪を舞台にしたこういう小説は意外と珍しいんじゃないですか。古川日出男の三島由紀夫賞受賞作『LOVE』もいちいち住所が特定できるくらい細かく東京の一角を描いてたけど、そのミナミ版だと言えますね。

もったいないと思うのは、こういう書き方をするわりに、地名のキャラの立て方が弱いんですよ。タイガースの優勝で、道頓堀にファンが飛び込んだとか、そういうふつうの話しか出てこない。桂米朝が落語の枕に振るような話をちょこっと入れておくと、ミナミを知らない人にも読みやすくなるのに。

豊崎 いやいやいや、柴崎さんは、そういうエンターテインメント的な読まれ方を全く意識してませんから。この作品自体が、主人公が集めている昔の写真みたいな形で、「未来の読者に読まれる作品であればいいな」と考えて書いたんじゃないかなあ。例えば100年後、心斎橋やミナミの風景はやはり変わっていると思うんですよ。その時代の読者がこの小説を読んだとき、主人公が昔の写真を見て覚える不思議な感覚を、未来の読者もまた抱くんじゃないかという意図。風景は変わっていっても、そういう感覚は普遍なのではないか、そんな視点。だから、あえてネタっぽい書き方は避けて、ニュートラルな視点で、写真を撮るみたいな書き方を選択したんじゃないかと思うんですけど。

大森 それはそうでしょうね、地の文の書き方はカメラ・アイ的にニュートラル。逆に言うと、一人称文体にあんまり語り手の特徴が出てこない。友人たちとの会話のほうで個性を出す感じで。

豊崎 会話も非常にうまいですよ。

大森 うん。大阪弁のセリフはとてもリアル。ただ、豊崎さんが言うほどこれがうまい小説だと思わないのは、この“わたし”ってキャラクターに違和感というか、齟齬(そご)を感じるからだと思う。

“わたし”は、地の文では、完全なカメラ・アイとして、執拗(しつよう)に細密に現在の大阪ミナミを描写する。でもその一方で、“わたし”は、カフェのお客さんや友人たちなどいろんな人たちと大阪弁で楽しく交流したり会話したりしている。その2つの“わたし”がキャラクターとして引き裂かれてるようで、読んでてちょっと居心地が悪い。一人称に作者の視点が入り過ぎていて、ところどころ急に無機質な描写になっちゃう。

豊崎 この主人公は、大学のときに地理学をとってて、戦後すぐの大阪の空中写真を立体鏡で見たときに“それまではたいてい白黒の写真や映像で見るその世界を、時代劇みたいな別の世界のようにしか思えなかったのが、急に、今自分のいる世界とつながって感じられた”っていう経験をしてるんですよね。そこがちゃんとキャラクター設定の伏線になってるから、わたしはそんなに引き裂かれたキャラとは思いませんでしたけどね。

ただ、いい意味でも悪い意味でも、柴崎友香さんって、これが完成形の作家なんだろうなあって思わせてしまうとこが弱点なのかも。この人の書く主人公ってみんなカメラ・アイなんですよね。この書き方をこれからもずっと続けていくのかなあ。そしたら、さすがに飽きちゃうかもしれない、わたしは。でも、現時点では文句なし。うまいなあと素直に感心できました。これを推す選考委員はいると思うんです。

大森 宮本輝がどう評価するかが楽しみですね。

豊崎 ああ! 関西の人だから。

大森 そう。三島賞では、東京の地図を壁に貼って古川日出男の『LOVE』をじっくり読み、高く評価してたけど。今度は舞台が大阪だからねえ。小説のタイプとしてはわりと好きじゃないかと思うけど。

豊崎 都知事はどうですかね。“余人に代え難い”才能として、ぜひとも手を差し伸べてほしいものですよ(笑)。四男の自称アーティストよりは才能あると思いますよ、柴崎さんは。

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