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大森 葛西善三の弟子で嘉村礒多っていう作家がいます。せこくて笑えるダメ男もの私小説ってことでは、ちょっと、この作家の作品を連想しました。同棲相手のことを名前じゃなくて、「私の女」とか、ただ「女」と呼び続けるところとか。現代小説では、普通ありえない(笑)。

あと、西村賢太の特徴は、いつも食い物のシーンでカタストロフが生じること。

豊崎 そう、必ずケンカが起きる(笑)。

大森 去年の春、「群像」に載った「一夜」には、こんなシーンがありました。

女が蟹が好きだって言うんで、たまには喜ばせてやろうと思った〈私〉が、デパ地下へ行って、蟹肉をむいたのやら鯖寿司やらをいっぱい買い込んでくるんですよ。で、午前2時とかに「さあ食え」って出したら、女に「こんな夜中だから食べられない」って言われて、それでキレる。

豊崎 同じだ(笑)。今回はチキンライスにチキンが入ってないとか、カツカレーとか。揚げ物が載ったカレーがほんとは嫌いなのに、お腹が空いてたから猛然と食べた。それを見ていた女に〈「豚みたいな食べっぷりね」〉と言われてキレちゃう。

ちょっと引用します。〈女は何んの思慮もなく、悪意もさらさらなかったものには違いないのだが、初めそれを聞き流そうと努力しかけた私は、その何気ないはずの言葉に対してわき上がってくる激しい怒りをどうにも抑えきれなくなり、スプーンをカレー皿に放るとそれを持って台所へゆき、半分近く残っていたのを流し台の中に叩きつけてしまった〉。ひどい。何かっちゃあ、ちゃぶ台をひっくり返しちゃう。

大森 いまどき、星一徹ばりのちゃぶ台返しを毎回やってるのが素晴らしい。巨人の星に登場する、主人公・星飛雄馬のお父さん。主題歌がかかるたびに、ちゃぶ台をひっくり返してた。ただ、星一徹と違うのは、自分であと片付けするところ(笑)。カレーなんかひっくり返すとあとがたいへん。

豊崎 〈やがてゴミ袋をひろげると、その自分で仕出かした惨状を、まるで女がやったことのような腹ただしさを覚えながら、片付け始めた〉だもんね。情けないんですよ、ダメなやつ。でも、このダメ男ぶりが大仰でいい。トイレに入って〈「便座上げとけって言ってんだろがっ!」〉っていきなり怒鳴るとことかも笑ったなあ。

大森 この人は、純文学界の業田良家になれるかもしれない。業田の「自虐の詩」が好きな人なら、「どうで死ぬ身のひと踊り」にも絶対ハマるよ。作風は反時代的で、全然売れそうもないように見えるけど、何かのきっかけで若い人にウケて、意外とベストセラーになったりしてね。

豊崎 売れたって、わたしは驚きませんよ。長吉っつぁんだって売れたわけですから。

大森 でもなあ…。やっぱり受賞は無理でしょうね。選考委員の高樹のぶ子先生とかがまじめに怒りそう。「こんなことを書く作者が許せない」とか言い出して。

豊崎 ダメかー。池澤夏樹あたりは推してくれそうな気もするんですけどねー。

大森 いや、だから危険なんだよ。池澤さんが強く推すと受賞しないことになってるんだから。おまけに山田詠美も推しそうで、ますます危険。やっぱり無理かなあ。

後編に続く

アライ ユキコ

1963年生まれ。フリー編集者。『文学賞メッタ斬り!』シリーズの企画編集を担当、他に『日本文学ふいんき語り』(麻野一哉 飯田和敏 米光一成/双葉社)など。日本文学ふいんき語りブログ更新中。

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