●絲山秋子 「沖で待つ」(文學界9月号)
及川と太はバブル期に同じ会社に就職した。恋人同士ではなく、同期の友人だ。太は会社の先輩と結婚している。
二人が出会ってから何年かたち、バブルが終わったころ、太は及川に突然「協約結ぼうぜ」と提案する。自分が死んだあと、残っていていちばんやばいのは、パソコンのハードディスクだ。だから、「先に死んだ方が、相手のパソコンのHDDを破壊するのさ」と。
その名の通りよく肥って死にそうにも思えなかった太が、ある日突然、飛び降り自殺に巻き込まれて死んでしまう。及川は、太が単身赴任していたマンションの部屋に忍び込み、HDDを破壊した。
●佐川光晴 「銀色の翼」(文學界11月号) 病気になるまで万事快調だった“わたし”。高校時代は野球部のエースで、現役で京大に合格。大学生活のある日、脳腫瘍に倒れる。
手術では除去し切れなかった腫瘍のせいか、時折激しい頭痛に苦しむようになった。実家で静養した後大学に復帰するが、前のようにはいかない。講義を聞くと疲れてしまうのだ。“わたし”が安らぐのは石を見ているときだけだった。やがて“わたし”は石を描くようになり、画帳はたまっていった。
ある日、強い胸騒ぎを覚えて画帳を確認すると、自分が天龍寺の池のほとりにある同じ石の絵を3枚も描いていることに気づく。「もうダメなんだ」。絶望の中で、入院する。 2年半のうつ病の治療を終えて実家に帰った“わたし”は、頭痛に悩む人の親睦会に参加し、同じ頭痛に悩む看護婦、さおりさんに出会う。7歳年上のさおりさんと“わたし”は引かれあうようになり、結婚する。
“わたし”は鍼灸師の資格を取り、仕事も軌道に乗った。しかし、さおりさんはあまり幸せそうではない。“わたし”の触診で子宮がんが判明し、さおりさんは手術をする。手術は成功するが、それをきっかけにホルモンのバランスを崩し、自律神経失調症になってしまう。
帰宅した“わたし”を見て、さおりさんは「とても素敵なものを見つけた」と言う。彼女が“わたし”に見せたのはあの石の絵だった…。失踪し、京都で天龍寺の池のほとりで保護された彼女を迎えに行った“わたし”は思う。われわれは二人なのだ。彼女も、“わたし”と一緒に石の形をなぞることで病から抜け出そうとしているのだ。
●清水博子 「vanity」(新潮10月号)
隣室の火事をきっかけに、アメリカ留学中の恋人の実家に住むことになった画子。実家は六甲の山の中。恋人の父はすでに亡く、母親は上流階級のマダムである。東京から移り住んできた画子は、マダムの監視下“行儀みならい”の生活に入る。
ある日、マダムのお遣いで東京に戻った画子は、久々に入った自室の寒々しさの中で、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃 東京をおもう』を読もうと思う。翌日は母校に出かけて学生たちのあさはかさに腹を立て、学生時代の恋人を呼び出し、セックスをする。
六甲に帰ってきた画子は、この辺りの人は必要としないという自転車をマダムに内緒で買うが、見つかって捨てられてしまう。画子は怒り、六甲の家に飾ってあった絵を1枚盗んで京都に行き、恋人の友人が経営している酒場を訪ねる。そこで初対面の履物屋に絵を売り損ね、成り行きで関係を持つことになる。
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