他人事には思えない「龍が如く」の問題提起
(飯田 和敏=ゲームデザイナー)
4月に短期連載を実施した「ゲームデザイナーが斬る話題のゲーム」(関連記事)。ご好評にお応えして、再び短期連載を実施することにした。第1回は、飯田和敏氏が「キミキス」を“斬る”。(nikkeibp.jp編集部)
以前紹介した「龍が如く」が日本で初めて真正面から暴力に取り組んだ家庭用ゲームソフトであるとすれば、今回、取り上げる「キミキス」は性についてのエポックメイキングな作品になるのかもしれない。もっとも「性」というジャンルは、成年向けゲームの世界では一つの巨大ジャンルとして既に確立されている。その中で質の高い作品が、性描写を省かれ、“家庭用”として移植されることはあった。
暴力と性は、創作物の普遍のテーマ
「暴力と性」は、創作物のテーマとして、世界的に普遍のものである。人間という存在を正面から描こうとするとき、この二つを避けて通ることはできない。テレビゲームに対してだけ、「ここに触れてはいけない」とするのは無理がある。

キミキスの舞台は、1カ月の高校生活。複数の女の子と出会い、会話を交わしたり、イベントに参加したりする。最終的に両思いになることができればハッピーエンドというゲームだ。コツをつかむと学校の様々な場所でキスできるようになる。「ナカヨシ」と「スキ」、どちらのコースを通るかによってエピソードが異なるため、その選択に悩まされる。個人的には、天才・二見の無茶なふるまいにしびれた。エンターブレイン/PS2対応・7140円(税込)。公式サイトはこちら。
しかしテレビゲームはインタラクティブなメディアであり、出来のよいものほどプレイヤーの「のめり込み方」が激しくなる。尋常ではなくなる。そのため、「暴力と性」の扱いについては、他のメディア以上に注意と配慮が必要になる。そんなところが、ゲーム業界と世間とのおおむねの了解事項であった。
この暗黙の了解を年齢制限という方法によって明文化していく動きがあることについては、前回、触れた。個人的には、“自主規制”という形で年齢制限を設けることに違和感を覚える。しかし、「暴力と性」について何らかの規制を設ける必要があるとする問題意識はまともであると思っている。それは、テレビゲームが強力な文化的可能性を秘めているからだ。同じ場面を何度も、かつインタラクティブに経験できるテレビゲームは、その反復性が恍惚感を生み出す。また、他のメディア以上に、虚構世界にいることを忘れさせるような“現実感”を持つ。
と、難しいことを書いてきたが、今回、書きたいテーマはメディア論や表現論ではない。「キス」についてだ。私的キス論と言えばよいか…。
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