ニール・ヤングの気ままな変化に、なぜこんなにも惹かれるんだろう
このところ、ニール・ヤングの「グレイテスト・ヒッツ」を聞く機会が多い。行きつけのバーでもよくかかるし、家でもたまにプレイヤーにセットする。めまぐるしく変化してきた彼の音楽人生を手軽に辿れるのがいちばんのメリットだが、「なぜぼくは、こんな女々しい(?)歌声のカナダ人が紡ぎ出す音楽のトリコになったんだろう」と考えることもしばしばだ。
で、今回はニール・ヤングの魅力について書こうと思うのだが、とにかく彼はアルバムの数が多い。それぞれにまつわるぼく自身の思い出もいっぱいなので、収拾がつかなくなるかもしれませんが、とりあえずは馴れ初めから書き始めてみます。
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初めてヤングの存在を知ったのは、高校時代に買ったバッファロー・スプリングフィールドのセカンド・アルバム「アゲイン」で。オリジナル・リリースは1967年なので明らかに後追い聞きだが、同じヤング作でも、ワイルドなロックンロール「ミスター・ソウル」より、ジャック・ニッチェと組んで彼流のウォール・オヴ・サウンドに挑んだ「エクスペクティング・トゥ・フライ」や、実験的な構成の一大叙事詩「折れた矢(Broken Arrow)」のほうが印象に残った。ロック聞き始めの若造は、背伸びしてたのかも。ほかにも、スティーヴン・スティルズ作の「ブルーバード」や「ロックン・ロール・ウーマン」など、このアルバムは佳曲揃いでした。
ソロになってからのヤングは、69年にファースト・アルバム「ニール・ヤング」とセカンド・アルバム「ニール・ヤング・ウィズ・クレイジー・ホース(Everybody Knows This Is Nowhere)」を発表するが、田舎町に住む高校生には聞くチャンスもなく、映画「いちご白書」の挿入歌だった「ローナー」と「ダウン・バイ・ザ・リヴァー」を聞いたことがあるくらいだった。
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そんなところへ、隠れスーパースター3人にヤングが加わって制作されたロック界の金字塔、クロスビー・スティルズ・ナッシュ&ヤング(CSN&Y)の「デジャ・ヴ」が70年に発表される。今となってみれば、あまりに個性の強い4人の集合体だったため、作者ごとにサウンド面での色あいが変わり、4アーティストによるオムニバス・アルバムのよう。それでも、ヤングの代表曲「ヘルプレス」も入っているし、他の3人も各人各様の才気を発揮しているので、やはり傑作には違いない。ジョニ・ミッチェル作「ウッドストック」の大ヒットでもお馴染みですね。
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CSN&Yは71年に2枚組ライヴ・アルバム「4ウェイ・ストリート」(これもぼくはかなり好き)を発表し袂を分かつが、この70年6月から7月のツアーの合間にもヤングはソロ・アルバムのレコーディングを行い、「デジャ・ヴ」の数カ月後にはサード・アルバム「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」を送り出していたのだった。絶好調だったんですね、きっと。このアルバムはヤングの初期代表作であるだけでなく、シンガー・ソングライター時代をも代表する傑作。穏やかなアコースティック・ナンバーから激しいエレクトリック・ナンバーまで、静と動を往き来しながら、実にヤングらしい世界が構築されていく。とにかくいい曲揃いで、爆裂ナンバー「サザン・マン」も収録。
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