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最終回 医学の歩みに人間の営みの本質を見る 新潟県新潟市 日本歯科大学新潟歯学部 医の博物館

2005年9月21日

学校で教わる歴史は、通常は「人物」と「事件」を軸としている。けれどもちまたでしばしば言われるように、歴史の見方に正論があるわけではない。切り口を変えて眺めるだけで、これまで気づかなかった様々な発見をしたり、新たな興味が湧いてきたりということがある。そんなことを考えながら、医の博物館を見学した。

医の博物館は日本歯科大学・新潟歯学部の付属施設。

日本唯一の公的な医学博物館

前野良沢・杉田玄白らによる「解体新書」の翻訳事業は、学校の歴史の授業で必ず習う、学問の一大事件だ。当時、満足な辞書もなく、通訳もいない中で達成されたこの偉業は、スウェーデンの植物学者・ツンベリー(鎖国の時代であっても、オランダ人に紛れて他国の研究者が来日することは珍しくなかった)によって広く世界に紹介された。これを契機に、欧米で日本研究ブームが加速したのは有名な話である。

いっぽう日本ではどうか。もちろん杉田玄白は解体新書によって富と名誉を得た。しかし、世間的な評価が定まるのは、時代を下ること約100年。明治時代に入って福沢諭吉が「蘭学事始」を紹介・刊行するまで待たなくてはならない。まことこの国では、飛び抜けた才能や業績はなかなか理解されないものらしい。海外での評判が逆輸入されることで国内の評価が高まるのは、今もよくあることだ。

日本で初めて、医学的・解剖学的見地から腑分けに立ち合った山脇東洋の「蔵志」(1759年)。彼はこの書によって、従来信じられてきた五臓六腑説が誤りであることを証明した。

というわけで今回の訪問先は「医の博物館」である。いわゆる医学博物館のたぐいは全国に点在する。しかし、意外なことに、博物館法に定められた要件を満たす公的な医学博物館となると、全国でも「医の博物館」だけである。それだけに収蔵品は非常に豊富で、16世紀以降の和漢洋の医学書や医療器具、各種資料など実に5000点あまりに上る。近代医学の流れを、一つの文化史としてとらえている点でも唯一無二のミュージアムである。

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