第20回 戦後60年、戦艦大和の最期に思うこと 呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)
敗戦から60年を迎える今年2005年の夏。新聞やテレビなどで、先の大戦がらみのニュースを目にすることが多い。どんな形であれ、あの戦争の記憶をとどめておくのは、われわれが同じ轍を踏まないために非常に大切なことだ。今回はそんな気持ちで呉市海事歴史科学館、通称「大和ミュージアム」を訪れた。寿命を待たずに人が死ぬということ、人が人を殺すということが美化され、英雄視されることの異常さを改めて考えてみたい。
戦艦「大和」に関する国内随一のミュージアム
広島県の呉市と言えば、古くは軍港の街、近年では造船所の街として広く知られている。明治時代に日本軍の工廠(こうしょう:軍直属の兵器製造所)が作られて以来、戦前・戦後を通じて多くの軍艦や巨大タンカーがここで進水している。呉は、日本はもちろん世界でも有数の造船地なのだ。
しかし意外なことに、これまで呉には、造船に関する記念館・博物館の類(たぐい)はほとんど存在していなかった。地域産業の歴史を伝える展示施設を作ろうという動きは20年ほど前からあったというが、予算の都合や人員の問題もあってなかなか進行しなかった。ようやく完成したのは今年(2005年)4月。つまりそれが、呉市海事歴史科学館なのである。
意外と言えばもう一つ、当館の見学客の多さも意外だった。筆者はこれまで日本全国の博物館や名所旧跡を巡ってきた。その中で、平日の昼間にこれほど多くの来場者がいる施設は初めてである。夏休み中だからでもないようだ。館内を見回すに来場者は老若男女幅広く、決して小中学生に偏ってはいなかった。
この盛況ぶりについて、館の担当者は「今も人気、知名度ともに高い、戦艦大和の展示があるからではないでしょうか」という。そう、呉市はあの戦艦「大和」が建造されたところでもある。そんな経緯もあって、ここ呉市海事歴史科学館は、特に大和の関連資料の充実ぶりでは国内随一なのだ。「大和ミュージアム」という通称は伊達(だて)ではないのである。
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