第16回 アッと驚く仕掛けの数々からお殿様の意外な危機管理を実感する。石川県金沢市 日蓮宗正久山 妙立寺
今回の訪問先は「忍者寺」として知られる、石川県金沢市の妙立寺である。どんでん返しや落とし穴、隠し部屋など、仕掛けからくりが数々…。忍者屋敷は遊園地やテーマパークでもおなじみだが、こちらは何といっても正真正銘のホンモノ。それだけに、往時の大名の考え方や価値観がダイレクトに伝わってくる。きわめてユニークな歴史遺産である。

妙立寺本堂。床に埋め込まれた賽銭箱は2メートル以上の深さがあり、落とし穴として利用することもできた。
加賀百万石の危機管理政策の集大成
歴史書をひもといてみると、江戸時代は、本当に取るに足らないことで大名が没落させられていたことが分かる。やれ、勝手に城を改修したといっては改易。それ、世継ぎが生まれなかったといってはお取り潰し…。
ある歴史学者の説によれば、江戸時代の国家体制の肝は、つまるところ「徳川家をいかに守るか」という一点に集約されるそうである。参勤交代しかり、勝手な養子縁組の禁止しかり。地方の有力大名を弱体化させ徳川家に刃向かえないようにすることは、幕府にとって最重要の政治課題であったわけだ。
もちろん諸藩も手をこまぬいていたわけではない。例えば長州藩は幕末、積極的な人材育成と登用によって幕府に対抗しようとした。薩摩藩はなまりのきつい薩摩弁を生み出して、幕府の隠密に機密が漏れないよう配慮していた。こうした対幕府の危機管理政策は、「外様」と呼ばれる大名であれば、大なり小なりどこでも取っていた。では、加賀藩では何をしたのか。その一つが、この妙立寺(みょうりゅうじ)の建立なのだ。

本堂裏にある隠し階段。引き戸を開けると床板をめくることができ、そこから床下に逃れられる。
妙立寺の何が危機管理政策か。それはここが外敵の急襲に備えて、さまざまな仕掛け・からくりを施している点だ。ページトップの写真は妙立寺の全景である。見た目はごく普通の寺だが、内部は7層4階建の構造となっており、29の階段と23の部屋が隠し廊下で複雑に結ばれている。「忍者寺」と呼ばれるゆえんだ。駅前でタクシーを拾って「妙立寺まで」というと「忍者寺ですね」と念を押されたほどで、地元ではむしろ、こちらの呼称の方が通りがいい。
next: 藩主・前田利常の人となりを伝える隠し部屋
この連載のバックナンバー バックナンバー一覧へ 画面先頭に戻る
- 医学の歩みに人間の営みの本質を見る (2005/09/21)
- 戦後60年、戦艦大和の最期に思うこと (2005/08/10)
- 土器を見て太古の生活を想像する (2005/07/21)
- ノーベル賞を生んだ進取の気性に触れる (2005/06/22)
- 精緻なからくり仕掛けに触れて工夫する楽しさを学ぶ (2005/05/18)

