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第5回 900年前の水力時計を世界で初めて復元。長野県諏訪郡 時の科学館 儀象堂

2004年10月15日

人は古代より、正確な時間を知るために大変な努力と工夫を凝らしてきた。その事実は歴史や理科の教科書で学んで知っている。しかしまさか900年近くも前に、これほどまでに複雑かつ精巧な機械式時計を作っていたとは想像だにしていなかった。今回は、完全復元された中世中国の時計台を見学しに、長野県・諏訪郡を訪れた。

900年後によみがえった中世中国の超複雑時計

長野県の諏訪地方と言えば「日本のスイス」との異名も取る、全国有数の精密機械工業地帯だ。最近ではカメラやパソコンの周辺機器の製造で名を馳せているが、諏訪と言えば、やはり時計産業。というわけで、今回お邪魔したのは、下諏訪町にある「時の科学館 儀象堂」である。ここの見どころは何と言っても、完全に復元された「水運儀象台」(すいうんぎしょうだい)だ。これは11世紀の中国・北宋で、当時最高の科学者であった蘇頌(そしょう)が作った時計台兼天体観察装置である。

儀象台は三つの表示部を持つ。一つは時刻を表示する「昼夜機輪」(ちゅうやきりん)。下の写真では1階〜2階部分に鎮座している塔がそれだ。その上部、3階の窓のところにあるのが「渾象」(こんしょう)。1464個の星の位置を表示する機能を持つ、いわば中世のプラネタリウムである。

最上階の櫓(やぐら)の下にあるのが「渾儀」(こんぎ)で、狙いを定めた星を追尾する天体望遠鏡の役目を果たしている。驚くべきことに、これらは、水を動力にしてすべて自動制御で動いている。

水運儀象台(すいうんぎしょうだい)。内部の見学は自由。ただし、一般見学者が渾儀(こんぎ、最上階のやぐらの下)まで上がることは許されていない。儀象台の動きは極めてゆっくりしているため、1時間に1度、早回りのデモを行う。

残念ながらオリジナルの儀象台は、建設からわずか数十年後に、内乱で破壊された。以後、世界各地で復元の動きはあったものの、あまりにも複雑な構造のために果たせずにいた。

ようやく完全復元に成功したのは1997年のこと。それがつまりここ下諏訪にあるわけである。もちろん世界初にして唯一。京都大学名誉教授・山田慶兒氏とセイコーの技術者によって、わずかに残された当時の資料を頼りに、4年に近い歳月と3億円以上の費用をかけて完成したそうだ。

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