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歴史を旅する……日本ゴルフ史の起源 横浜・根岸ゴルフ場「時代とともに歩んだ幻のコース」第2回
文●武田 薫
写真●北川 外志廣

2006/04/26
マッシー、フォアサム、ハザード……
ゴルフ用語がつけられた当時の競走馬

 神戸ゴルフ倶楽部(KGC)は分かりやすい。一方、根岸の日本レース・クラブ・ゴルフ・アソシエーション(NRCGA)という名称は、競馬クラブなのかゴルフ同好会なのか分かりにくい  実はその両方であり、そうでなければならなかった。

 先に挙げた『共同馬主コロネル・ボギーと日本レースクラブ・ゴルフ・アソシエーション』は共同馬主の研究論文である。それによると日本で最初の共同馬主はコロネル・ボギーという名称で、これはNRCGAのゴルフ会員が組織したものだった。だから「ボギー」であり、当時のボギーはいまでいう「パー」、その語源が「ボウグル大佐」にあったことはゴルフ書に詳しい。しかも、ビスク、マッシー、フォアサム、ドライバー、ニプリック、ハザード、ファーストティ、キャディ……これがNRCGA所有の競走馬の馬名だったのである。いまでは聞きなれないものもあるが、馬名すべてがゴルフ用語だったのだ。

 1915年12月から、NRCGAの機関誌とされるゴルフ雑誌『バンカー』が刊行されている。日高論文によれば、その創刊号に次のような記述があるという。

 「日本レースクラブは、政府の援助なくしては維持が不可能であり、この助成を確保するためには、毎開催ごとに15頭以上の新馬戦(注 数レースの新馬の競走番組を作成する上で、最低15頭の新馬が必要という意味だろう)を行うことによって、馬産を奨励しなくてはならないことを知っているゴルファーはあまりいないのではないでしょうか。」(日高氏訳)

 さらに翌月号にはこうある。

 「日本レースクラブ委員会を援助するためには、レースクラブは半年ごとに15~20頭の抽選馬を購入しなければならない。そしてゴルフ倶楽部の会員は例外なく1頭、時には2頭の抽選馬を申し込み、コロネル・ボギーの服色のもと走らせなければならない」

 これは要するに、共同馬主になって競走馬を走らせないとレーシングクラブは維持できず、ゴルフもできなくなると言っているのだ。そこに明治という時代のテーマが横たわっている。

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