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夜という狭間を耐え、挑む選手たち スポーツの試合は筋書きのないドラマ。ゴルフのトーナメントもまさに、予測不能の展開を見せ、我々を楽しませてくれる。4日間という過酷なスケジュールをこなさなければならない男子ツアー。男たちの真の闘いを、あなたも観に行きませんか。 ゴルフトーナメントの面白さと難しさは、4日間72ホールという積み重ねと、さらにその間に夜を3回過ごさなければならない時間があることである。 もし一気に72ホールを戦うゲームであれば、戦いの景色は一変するだろう。それと同じに、もしショットの精緻さ、飛距離だけの競技なら、また別の景色が存在するだろう。かつて飛ばし屋といわれたジム・デントではないが『オレは航空便ぐらい飛ばせるけど、時々宛て名を書くのを忘れる』という名言(迷言)を生んでしまうのも、飛ばしとゴルフゲームの両立性の難しさからだろう。ゴルフにそういう妙味があるから、自分でプレーしても、トーナメントを観戦しても面白いのだと思う。だれでもドラマを持ち得て、どの選手のゲームを観てもドラマを見いだすことができるから、ほかのことでは寡黙な人でも、ゴルフになるととたんに雄弁になるのだろう。 さらに同じフィールドで戦っていながらも、時間差があることだ。つまり、同じコースで戦いながら、1ホールで同時に戦えるのは、最大4人。従って、誰かが16番ホールで、バーディをとり、スコアを伸ばしても、13番ホールでティショットをしている選手は、その結果をリアルタイムでは知りえない。だから、自分自身のゴルフをするしかないのだけれど、人間は、そんなに簡単に割り切れない。その微妙な心の動揺や不安が大きくスコアを左右してしまうのである。そのホールを全員が戦い終えて(通過して)決着がつき、それを1日18ホール、4日間72ホールと積み重ねていって最終の決着にたどり着くのだ。だからゲームは、長い時間を費やすのだ。 ゲーム中に私生活が介入して、3日の間、夜を過ごさなければならないというのは、心と体調、或いは私生活の過ごし方や雑音などに大きく影響する。 かつて長野での冬季オリンピックで、スケートの清水宏保選手が男子500メートルで、1回目を35秒76でトップになった。前回のオリンピックまでは、同日に2回目を滑り、その合計で順位を決めていた。長野から、2回目は翌日と規則が変わった。清水選手は、35秒59(五輪新)で優勝したが、直後のインタビューで「昨日から、今日の午後までの時間が、とても長く、とても辛い時間だった。ほんとに苦しい時間を過ごした」と語っていた。ゴルフトーナメントは、そんな夜を3晩過ごすから、技量だけでなくメンタル面などが問われる競技なのである。 アメリカの作家ジョージ・プリンプトンが、ゴルフゲームに関して、こんな言葉を残している。 思えば、ゴルフのスコアには小数点がない。例えば、パー4のホールで、ボギーになりそうな危ない場面で、運よくパーを死守できたからといって「あなたは、パー4ではなく、ほんとうはパー4.9なんですよ」とは言わないし、そういう数値は切り捨てる。逆に、惜しいバーディ逃がしのパーであっても「惜しかったから3.7にしましょう」とは言わない。その小数点は、3.1であっても、切り上げてしまいパー4としてスコアになる。 ところが72ホールを戦っていると、そういう小数点は、どこかでスコアの1ストロークとして現れるものだ。少し古いデータだけれど、ぺブルビーチで開催された1992年全米オープンで、こんなデータを取っていた。ラフに1回入るとスコアにどれだけ影響を及ぼすかというものだった。全選手のラフに入った回数とスコアを集計して割り出したもので、およそ0・25ストロークだった。2日目だったかジャンボ尾崎が、17番ホールを終えてラフに8回入っていながらスコアではボギーとせずにパーを死守していた。そして18番ホールでティショットを左に曲げてダブルボギーを叩いた。こじつければ、これでデータとの帳尻があった、ということになる。 ゴルフは、18ホールのゲームに約4時間かけて戦う。ゲームに4時間。そして、ショットする時間は、アドレスからバックスイングに入る瞬間にストップウオッチを押して、フィニッシュで止めると、どんなにゆったり振っても2秒以内である。ということは、パー72のパープレーで回ると、144秒。2分24秒となる。ゲームの時間が4時間で、運動量(スイング・ストローク)は2分24秒なのだ。その差が3時間57分36秒ということになる。その間、何をしているのか。もちろん歩く、距離を計算する、ラインを読む……つまり考えている時間である。考えている時間とゲームの時間がこれほど違うスポーツもあまりないのではないだろうか。そこにゴルフゲームの難しさがある。 |
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