we're golfers>>TOPへ
特集:Course Architect「設計家の系譜」ゴルフコース黎明期
第2回 近代的設計術を暗示したトム・モリス
2005/11/30

 ではスコットランドの初期、プロのアルバイトだったコース設計とはどんなものだったのでしょうか。想像するに機械や土木技術も要らない、レイアウト指導にとどまったと考えられます。

 リンクスランドに造るコースはティとグリーンの位置さえ決めれば、そのままコースの体裁を得たと考えられます。草に覆われた砂丘の出発地点と最終ホールのグリーン位置を決めれば、コースになったわけで、バンカーなどのハザードは後から自然発生的に生まれるからです。羊のネグラに海風が砂を運んで、ある日突然にバンカーになるのです。

ロイヤル・ドーノック
スコットランドの最北端近くに位置するロイヤル・ドーノックGCの原型ができたのは1616年。リンクス特有の強い風で、難コースといわれている/AFLO

 だから、プロがある町のリンクスコース予定地に呼ばれると、彼は手に沢山の旗を持ち、1番ティからグリーンとなる地点まで歩きます。砂丘の麓に達すると1本の旗を地表に指し、「ここを1番グリーンにする!」と宣言します。これを18回やれば設計の完了です。後年のゴルフ史家が“日曜の午後の散歩”と言った趣だったに違いありません。

 後の設計家で、『Design for Golf』などの著書もあるトム・シンプソンはこのプロゴルファーの設計した時代を“コース設計の暗黒時代”と評します。

 ただ、すべてのプロ設計家がそれほどいいかげんな設計に終始したわけではないようです。オールド・トムが原型を設計したとされる「ミュアフィールドGC」はアウトの9ホールとイン9ホールがクラブハウス前で二つのループ(円)を描いて、近代的設計術を暗示しているのです。

ミュアフィールド
オールド・トム・モリスが原型を設計したミュアフィールドGC。エジンバラ郊外のフォース湾近くに造られた世界に名だたるリンクスコースだ/AFLO

 「セントアンドリュースGCオールドコース」で20年間プロとして勤め、コースを熟知したオールド・トムはホールの戦略性にも気がついていたのでしょう。腕前に応じて攻めるルートが数多くあるレイアウトが攻略しがいがある、いいホールを生むと知っていたと思われます。それは、彼の設計したとされる「ロイヤル・ドーノックGC」や「プレストウィックGC」についてもいえることで、だからこそ今になっても名コースと尊敬されるのではないでしょうか。

 しかし、オールド・トムの設計料が1コースにつき1ポンドだったといわれるから、数をこなさなければ稼ぎにならなかったようですが。

セカンドステージ