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井上誠一は「霞ヶ関」の会員で、昭和の初めにはハンディ7の腕前を持つプレーヤーだった。藤田欽哉設計の東コース造成に携わり、設計家を目指していた井上が偶然巡り会った土地が「大洗」の防風林海岸の土地だった。「松と砂の単調なデュエットに過ぎない」風景に感動して「夢の園」と呼んでいた土地に戦後の昭和28年、ゴルフ場を設計することになるのだから不思議な邂逅だった。 リンクス風コースの適地に恵まれただけに井上が全力投球で設計したことは想像がつく。実際に「大洗」は名匠・井上の傑作といって良いほど評価は高い。「砂丘と黒松林だけの最も素朴な組合わせによる美、これを主題にしてコースの戦略性を強く発揮せしめる」ことをテーマにバラエティ豊かなホールデザインに挑戦したからだ。自然のハザード(松林)があるので、バンカーは開場当時30個(現在は28個)と少なく、適所に残された松が垂直の障害物(バーチカルハザード)となって、戦略的に効いている。 たとえば、ハンディキャップ1のホールになった5番、460ヤード、パー4は会員が「中ノ島」と呼ぶ松林群を迂回するフェアウェイが狭く、飛距離と方向性が正確に決まらないと2打でグリーンを狙えない設定。ベストルートの誤差が左右で10ヤードしかない厳しさがある。バンカーをひとつも置かないホールがこれほど厳しいショットを要求する例もない。
もうひとつ例をあげれば、次の6番パー4ホール。対照的に距離は340ヤードと短いが、ティショットで打ち上げ、2打で打ち下ろす『ドライブ&ピッチ』ホール。200ヤード地点の丘の頂点フェアウェイが平坦なので、飛ぶ人は刻み作戦だろう。その2打地点に立つとグリーンが5つのバンカーで周囲をガードされる風景に驚くはず。バンカーのエッジが盛り上がり、深さを演出しながらオーバーハングするからだ。ショートアイアンの距離ながら簡単にオンさせない視覚的恐怖感が湧くのだ。この対照的な2ホールを見ただけで、井上が目指した戦略性の豊かさを知ることになりはしないだろうか。 ホールに持たせる戦略性(ストラテジー)を自然素材の中に見つける・・・・・・ことが設計家の役割だが、井上の頭の中には無尽蔵にそのアイデアが詰まっていたようだ。しかも、それは海外の名コースを視察せず、英語の書籍を研究した独学なのだから驚く。マッケンジー博士、コルト&アリソンの戦略性を解説した書物は1920年代に出版されているのだから。 ただし、研究書のコピーに走らず、日本的風土の中に生かす知恵と工夫が井上にはあった。川床をフェアウェイにした「日光」、山の高低差を大胆に生かした「那須」という具合に、自然条件に見合う戦略性をアレンジする能力は他に例を見ない。見過ごせないことは井上がハンディ7まで行った技量あるゴルファーであったこと。「このホールでプレーヤーにどんな球筋を求めるか?」と考える場合に、自分にも多彩なショットに対する技量がなければイメージできないはずだからだ。ストラテジーとは多彩なショットの中からどのショットを要求するかを抽出する作業なのだ。
そんな井上の考案した、バラエティ豊かな戦略性を楽しめるゴルファーに幸いあれ、である。 |
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