we're golfers>>TOPへ
特集:丸山茂樹
ボロボロになってもアメリカでやるって決めたんです。<後半>
2005/08/05
人間的にも成長しツアー選手としての自覚も。

丸山茂樹

 よくPGAツアーで戦っている選手たちが言う。自分が求める1打を打ちたいために練習する。でも、その1打が戦いの中の重要な場面で使えるように体得するには、言い知れない犠牲を払っているのだと……。

 確か75年のマスターズだった。激しい戦いだった。J・ミラー、T・ワイスコフが帝王に詰め寄り、からくも逃げ切った大会である。ジャック・ニクラスが優勝し、試合後クラブハウスの2階でメンバーや関係者がニクラスを囲んで祝福していた。その片隅の壁の近くでバーバラ夫人が、独りぼっちでいた。涙ぐんでいた。誰かが声をかけた。一緒に祝福しましょうと。

 でも夫人は、その言葉にこんな返答をしていた。
「主人が勝って、皆さんが喜んでくれるのはうれしい。けれど私は素直に喜べないんです。なぜなら主人がこの大会に勝つために、どんなに苦しみ、努力し、精進し、どれだけの犠牲を払ってきたか見ているんですから……」

 丸山茂樹が足を踏み入れたのは、そんな世界だった。PGAツアー参戦当初、丸山はちょっとしたことでマスコミと断絶状態になった時期があった。00年、ぺブルビーチGLでの全米オープンだった。攻め切れない超難度のコース設定に丸山はノックダウン寸前だった。ボコボコに打ちのめされていた。ホールアウトして記者たちがコメントを聞こうとした。彼には、辛いものだった。

 「うるさい!」というような言葉を発したのだろう。ともかく、そこから丸山はマスコミに対して口を閉ざした。けれども、丸山は翌年から人間的にも変化が訪れた。どんなに過酷であろうが、自分がそのフィールドを求め、楽しむという本来の気持ちを呼び起こした。いや、成長したのだ。

 「僕は新聞や雑誌で自分の記事を見て、もし嫌なこと、間違ったことを書かれても、あー、なるほどね、って思う。どれだけ自分が一生懸命やってきても、どれだけ正しいことをしてきても、好きも嫌いも1位になれてこそスーパースターなんですね。何も気にすることないし、今のことを今のまま自分でやっていく。相手に10伝えようと思っても、1しか伝わらないときもある。でも、1を伝えられただけでいいと思えるようになったんです」

 自分から窮屈にするような環境を作るのは、結局、自分がプレーする上で障害になる。また、プレーを終えてもツアープロとしての仕事は残っているというPGAツアー選手の役割が体に染み込んできたのかもしれない。

 「PGAツアーに参戦して、これまで3勝でき、世界ランキングでも20位台に入れたというのは、何千人もいる日本のプロゴルファーから選ばれた日本人だと思っていますし、選ばれた人間が普通の人と同じことをしていてはいけないという自覚も感じています。楽しいことも、美味しいことも、楽なことも自制して、いっそう自分を引き締めて、苛めていかなくてはいけないって。この我慢は、われわれPGAツアーで戦っている選手たちに憧れて頑張っている何万人という選手たちの上にいられるという、最低限の義務だとも思っています。適当にやっていては上位にいられないんですよ。それを僕は世界のトッププレーヤーの口から聞いているので、僕の我慢なんて、まだまだだと思います」


1ページ2ページへ次のページへ
セカンドステージ