we're golfers>>TOPへ
歴史を旅する……日本ゴルフ史の起源 神戸ゴルフ倶楽部-第1回「3世紀を生きるクラブライフ」
文●武田 薫
写真●北川 外志廣

2005/11/25

 日本のゴルフの歴史は、六甲山から始まった。明治34年にまず4ホールが、その2年後には9ホールとなり、日本最古の神戸ゴルフ倶楽部が誕生するのである。以来、日本のゴルフ界はめざましい発展を遂げ、時代も大きく様変わりした。しかし、ここ神戸ゴルフ倶楽部には当時の姿がいまだに色濃く漂っている。アップダウンに富むトリッキーな手造りコース、そして、外国人たちが愛したクラブライフが—。

六甲の地に根を張り続ける 日本最古のゴルフクラブ

 瀬戸内海国立公園の一端をかすめ、神戸市民の憩いの場として親しまれる六甲山は、市街からは意外に離れている。三宮から電車でふたつ目、六甲道駅から六甲登山口までのバスを終点で降り立つと、モダンな2両編成のケーブルカーが待ち受ける。斜度は26度4分。急勾配に身を任せ、昔の別荘客は駕籠で登っていたとの話を思い出した。

 かつて麓から山頂までは2円50銭から5円の駕籠代がかかった。新橋—大阪間の鉄道料金が6円5銭の時代のことで、大柄な外国人を運び上げるには4人の駕籠かきが必要だったのだ。山国の日本で登山は宿命だが、外国人にはこの駕籠が苦痛だった。箱根・富士屋ホテルの山口正造がいちはやく自動車を導入したのも、外国人の常連客を駕籠から解放するためである。

 霞に煙る神戸湾を背に、ケーブルカーはほんのり秋めいた樹木をくぐりぬける。滑らかに機械的に、時間にすればほんの10分あまり……座席でワインを傾けている客がいた。六甲山は若い観光客に様々な新企画を発信している。時代は、駕籠の時代から考えもつかないほど遠くまで来てしまった。手段は時間を変え、時間は生活を変え、そして目的すら変えてしまったかのようである。

 山上駅から爪先立ちの細道を20分ほど、鬱蒼とした杉木立を抜けると、両脇に広がる芝の緑に視野が解放された。イノシシ避けのフェンスの向こう、ツツジの叢にキジがツーッと消え、時を期せず18番ホールを見下ろすテラスから歓声が起こった。

壁に飾られた古い写真が歴史の重みを醸し出す、落ち着いた雰囲気のダイニングルーム。食事だけを楽しみに訪れるメンバーも多いという



1ページ 2ページへ 次のページへ
セカンドステージ